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第一章 ゼウス、いざ地の世界へ
この国は、実に興味深い。
何故人々は、手に持った小さな機械ばかり眺めて、周りにいる人々に目を向けないのだろうかーー。
「ゼウス様ー、ゼウス様ー!」
雲に空いた空洞から、地の世界を眺めていたゼウスの元に、エロースがふわりと飛んできた。
「ゼウス様、またこの様な場所にいてーーまた地の世界を眺めていたのですか? ヘラ様がお探しでしたよ」
「エロース、見てみろ。ここは、日本という国らしい。美しい人間も多い国なのに、皆、すれ違い際振り返るだけで終わりだ」
「ゼウス様ーーまた、ヘラ様に叱られる様な事を企んでいる訳ではないですよね…」
「な、そういう訳ではない。唯、私がこの国で生活を送る一人の人間だとすると、あの様な美しい人々を放ってはおかない、と考えていた所だ」
エロースが、やれやれといった表情をした。
「あぁ! もどかしい…何故あの青年は、彼女に声を掛けない!」
「あの青年とは、どの方ですか?」
「見てみろ、あいつだ」
ゼウスが指した先には、ひと気の少ない駅のホームに立っている、猫背の青年だった。
乱れた髪で、少し青白い顔をした頼りない印象を受ける青年は、ホーム向かい側に立っている女性を、幾度となく見ては頬を赤らめ、再び携帯電話を見る奇行を繰り返していた。
「あぁ! 気になるのならば、反対側にいる彼女の元へ行き、手を握り、口付けを交わせば良いのに!」
「ゼウス様の様な事をして、皆が上手くいく訳ではないですよ! この国でその様な事をしたら、どうなる事か…。それ程、あの二人をくっ付けたいのなら、私が女性に矢を撃ちますが…」
ゼウスは、何かを決意した様に立ち上がり、陽光に照らされた様に輝く、笑みを浮かべた。
「よし! 彼に、想い人を惚れさせるレクチャーをしてこよう!」
エロースは手に持っていた弓を落とし、目を見開いた。
「い、いえ…ヘラ様が呼んでいましたよ?」
「妻には、適当に言っておいてくれ!じゃ、またなエロース!」
ゼウスは、白い布一枚を身に纏い、鳥よりも早い速さで、雲の隙間から地へ堕ちていった。
雲が一筋の線を描き、ゼウスが堕ちていく先には光がベールの様に揺れ動く。
「はっはっは、待っていろよ! 悩める青年よ!」
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