第二章 ゼウス、ホームに現れる

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第二章 ゼウス、ホームに現れる

次の電車が来るまでの七分間――平凡な一日の中で、唯一彩りが添えられる時間だ。 毎日、十七時二十分頃に姿を現す、S大のジャージを着ている女の子。ショートヘアが、小さな顔をより小さく見せていて、同じ人間とは思えない長い手足。 何の運動部に所属しているのだろうか。 何年生で、何学部に所属しているのだろうか。 付き合っている人は、いるのだろうかーー。 声を掛ける事も出来ず、ただ妄想を繰り広げるだけで、あっという間にタイムリミットが来る。今日も、いつもと変わらない平凡な一日だった――と思っていた。 突然、眩い光線が視界に広がり、夕日に染まった赤い雲を真っ二つに裂いた。 雨降る様子もないのに、稲妻が僕の立っているホームに、轟音を響かせながら落ちた。 漆黒の煙が立ち上る先に視線を向けると――その先から、笑みを浮かべている一人の男性が姿を現した。 「やっと着いたー! 少し道に迷ったけれど、無事に君の元へ辿り着けて良かったよ」 真っ白な布一枚で身を包んでいる、四十代位に見える異国の男性は、怪我一つ無く平然とした面持ちで、まるで僕と知り合いのように近付いてくる。 僕は、別の人に話しかけているのだと思い、顔を左右に傾けた。 「君だよ、きーみ! 恋する青年よ、私が来たからにはもう安心だ。抱いた女は数知れず、このゼウスが恋のテクニックを教えて進ぜよう!」 耳まで真っ赤に染めてしまった僕は、 「こ、声が大きいです!」 「安心しろ、時を止めている。それに、私の声は青年にしか聞こえない」 「はぁ? そんな事出来る訳――」 周囲を見渡すと――始めて自分の目を疑った。向かい側のホームに立つ彼女の髪が、風に揺られたまま、重力に逆らった状態で停止している。空に浮かぶ雲も、鳥も――何もかも動いていない。 男性が、黒煙が消えた方を振り向くと、僕を見てウインクをした。そして、右手を上げて、パチッと指を鳴らした。 その瞬間――世界が元に戻ったように、再び動き出した。僕は、夢を見ているのだろうか。 「あ、貴方は、一体――」 彫りが深く、力強さを感じる眼差しに引き付けられていると、白い歯を輝かせ、眩い笑みを見せた。 「オリュンポス十二神の主神――私の名はゼウスである」
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