訪れた少年

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訪れた少年

「私達夫婦にはね、娘がいたのよ。生きていたら、丁度あなたと同じ位かしらね」  農作業の手を休めて、弥八(やはち)とお(ゆう)、そして辰吉(たつきち)は、畑の脇でその新緑を湛える大木の木陰に腰掛けていた。  足元には、芽吹いたばかりのフキノトウの葉やつくしが、柔らかな風に吹かれてなびいている。  弥八とお夕は、互いに今年で齢四十になる夫婦で、一月ほど前にこの村にやってきた、齢十八位の少年、辰吉を受け入れてくれていた。  お夕の言葉を拾って、弥八も続けた。 「小雪(こゆき)・・・・・・ああ、俺達の娘のことだが、三年前の干ばつでな、竜之介(りゅうのすけ)様が・・・・・・ああ、すまん、竜之介様ってのは、ここの滝下(たきのした)神社の神主様だが」  辰吉は、二人の言葉を静かに聞いていた。 「竜之介様が、龍神様より俺達の娘を生贄に捧げよとのお告げがあった、と言われて・・・・・・そのまま小雪は龍神様に・・・・・・」  弥八は言葉を詰まらせながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。  お夕はその時の事を思い出し、嗚咽を漏らした。  弥八は、その哀し気な表情のまま、辰吉の顔を覗き込んで、無理に笑顔を作った。 「小雪の代わりという訳じゃないが、俺達はお前がこの村に来た時、天からの授かりものだと思ったんだ。だから、お前は何の遠慮もしなくていいからな」  言葉を詰まらせながら、お夕も続けた。 「あなたも、私達を本当の親だと思ってね。私達もあなたを本当の息子だと思うから」  言い終えて、お夕は涙を流しながら、辰吉に抱きついた。  特に辰吉の過去を問うことも無く、無条件に自分を受け入れてくれた二人に感謝しながらも、辰吉はそれを言葉にすることなく、ただ胸中で誓うのだった。 ―必ず、お返しします。必ず・・・・・・ー
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