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畑仕事を終え、弥八、お夕とゆうげを共にしていた辰吉も、二人からその噂を聞いた。
「な、だから、雨の日は森に近付いちゃなんねえぞ」
弥八に言われて、辰吉は小さく頷いた。
ー雨の日に近付いちゃいけないんだな、分かったよー
瞳の奥を鈍く光らせながら、辰吉は心の中でそう呟いた。
「ところで」
辰吉が口を開くと、弥八とお夕の表情がぱあっと明るくなった。
辰吉がこの家に住むようになってからこの方、自ら進んで言葉を発するのは、これが初めてだったからだ。
ようやく心を開いてくれたのだと思い、二人は喜んでいるようだ。
瞳を輝かせ、何度も頷きながら、二人は辰吉の顔を見つめた。
「ここの神主ってのは、そんなに偉いのか?」
そう言われて、二人は顔を見合わせたかと思うと、すぐに辰吉に向き直った。
「そうね。この村を救って下さったのは神主様だから」
お夕はそう言いながらも、その表情を曇らせた。
代償として自らの娘を差し出したのだから、それは致し方ない事だ。
「なんでも竜之介様は、龍神様の申し子だそうだ。だから、龍神様のお言葉が聞こえるのだとか」
ーいや、そんな事、あり得ないー
辰吉はそう思ったが、口にする事はなかった。
代わりに、こんな事を口にしてみた。
「龍神様が、人の命を捧げろなんて言うかなぁ。仮にも神様だろ?」
「言ったんだから、仕方ないだろ!」
顔を真っ赤にして、立ち上がりながら弥八は大声を張り上げた。
が、すぐに落ち着きを取り戻して、辰吉に向き直った。
「俺も信じたくはない。ないが、事実雨は降った。それが真実でないとしたら、俺達の娘は・・・・・・無意味に・・・・・・」
弥八は肩を震わせた。
お夕は両の手で顔を覆い、その涙を隠した。
二人の怒りと哀しみに満ちたその態度に、辰吉はそれ以上話すのを止めた。
「ごめんなさい。今日はこれで寝ます。おやすみなさい」
辰吉はそれだけ告げると、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、辰吉はその夜、眠る気はなかった。
一刻も早く解決しないと、近々また、犠牲者が出る。
辰吉には、また干ばつが訪れる事を予見できていたのだ。
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