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  惹かれるように足を向けた。 踏み入れた川の水は水のようでなく、ゆるやかに流れていた。 心地好いが、何かを持って行かれそうだ。 足は止まらない。 すぐに水かさは腹を過ぎ、首まで浸かる。 対岸は見えないが、温かいなかを行くうちに、少しずつ恐怖が消えていく。 何を恐れていたのか。何があったのか。少しずつ分からなくなっていく。 石畳から見上げた夜空も、あの地下の部屋も、水路のにおいも、漏れ聞こえる歌も。 剥がれ、流されていく。 記憶のなかに、死ぬ前の記憶を見つけた。 警官と、いくつもの銃口。 その中へ立つ者へ、最期を乞う。 自分を匿い労り、後に父だと知った彼へ、精一杯の笑顔を。 これは、この記憶だけは、流されるわけには。 白くなっていく人波をかき分け、対岸へ急ぐ。 靴を失くした。仮面が流された。日焼けなどした事が無い手が、ますます白くなっていく。 何もかも流されてしまえばいい。でも、ただ一つ、この幸せな記憶だけは。  
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