日本語版 生命と存在の記憶

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マルセル・プルーストが喚起する特権的瞬間とは、たとえば紅茶の香りのような感覚的な記憶が、その香りにつながる印象的な過去の記憶に働きかけることで、生命と存在の記憶が対面し、誇らしげに協働する瞬間のことを指す。 よりよく理解するには、メビウスの輪を想像してみればよい。メビウスの輪では、裏と表が互いに影響しあう。二つは線状で結ばれ、かつ、その縁を超え横切ることはない。にもかかわらず、それぞれ独自の回転軸を擁し、月が地球の周りを回り、地球が太陽の周りを回るように、相手の回転軸にそって、互いに互いの周りを回りながら、作用しあうようにできている。私たちの生命宇宙と完璧に同じ宇宙のからくりだ。生命宇宙は、このメビウスの輪の中に、具現化されている。 裏側を胎内記憶、表側を胎外記憶、またはその逆と考えればよい。これら二つの記憶は、互いにメビウスの輪で線状にながっているが、互いに相手の軸にそって、相手の周りを回っている。ここで、野心気たっぷりの学説を立ててみよう。すなわち、生命と存在は、自然に逆らうことなく、自然の連続性のなかで、互いに直線的につながると同時に、それぞれ相手の軸に沿って回転し合っている。 ところで、人が生まれると、胎内記憶と胎外記憶が出会う。この瞬間から、両者は互いを軸に回転を始め、互いに作用しあうと同時に、空間と時間の中で、直線的な進化の過程に従って進化していく。人が死ねば、もはや何も存在しなくなるが、胎内記憶だけ、つまり生命の記憶だけは、だれかの胎内を介して、別の人に引き継がれることになる。この場合、胎外記憶は、あたかも存在しなかったかのように、消えてなくなる。当然の結果だ。
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