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ひおおおおお・・ひおおおお!
彼の魂の底には、常にブリザードが吹き荒れている。暇な時間があれば、つい、その音に耳を傾けてしまう。それを聞かないようにするために、つかの間の遊びに逃げようとするのだが、結局それだけだ。その遊びの終わったあとの反動のむなしさが募るばかりで。でもって、大人という存在に倣って、この年でも酒を飲んでみたが、気持が悪くなるだけだった。気持が悪くなって、結局、体内のアルコール成分は見る見る消えてしまう。月齢が低くても、そこに大差はなかった。
この”不死身”の体質を呪うしかない。”ああ、オレのこの胸の中に吹き荒れるブリザードの音を消してくれ!”それが、彼のささやかな願いであった。彼の外見は、日本人、多少バタ臭いというか西洋風の匂いがするのは、彼が米国籍の日系二世だからだ。今は母方の姓名を使い、彼は”犬神明”を名乗っている。
彼の”不死身”体質は母からの遺伝だと分かっている。そう、彼は”不死身”という遺伝病に掛かっているのだ。無論、頼んだわけではない。多くの人間が、もし彼の”病気”のことを知ったら、確実にうらやむであろう。しかし、彼にとっては、不死身であることは、業罰に他ならなかった。ただの人間なら、簡単に死んでしまうような状況でも、彼は、彼だけは生き延びてしまうのだ。しかも、その間の苦痛は、”人並み”なのだ。いや、普通の人間ならば、苦痛のあまり気絶できるレベルのものに対しても、気絶”できない”のだ。
仏教の説く地獄では、鬼にさまざまな凄惨な拷問をうけても、亡者は不死身で、よみがえり、また拷問を受ける。それを何度も何度も、繰り返すという。彼の人生は、それを地で行っているのだ。
もし、この”不死身病”の利点があるとしたら、筋力も波はあるにしても、常人に遥かに勝るときがあることだった。むろん、不死身といっても、たとえばダイナマイトとかでバラバラに四散しても生き返るわけではないだろう。そういう意味では、おのずから限界はあるのだろうが、それでも、確かに彼の病気は、常人からすれば、遥かに頑強だったのである。
さもなければ・・あの厳冬のアラスカで彼は一晩のうちに死んでいただろう。
そのほうが、遥かにましだったと、今も、確信している。今となってはそう、思っている。繰り返す、不死身であることは恩恵ではなく業罰なのだ。
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