彼の白夜

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 ”なぜ、俺を殺さない、神よ!”犬神明は、心の奥で常に問う。  こんな心を抱いたままで、この先も死ぬまで生きろというのか。クソッタレな人間どもの間で。あいつらは、卑怯者だ。安全なヘリの上から、狙撃し、また空爆して、すべてを亡き者にするのだ。  そうだ、あのアラスカの雪原で、きゃつらは、そうしたのだ。 だばばばば・・  今でも、それは忘れることはできない。  巨大な回転翼で大音響を撒き散らしながら、そいつらは地平線の向こうから飛来した。暗黒の禍々しい天使。機体が陽光にきらめく。  このアラスカの雪原の真ん中に物資を運ぶのは、スキーを履いたセスナ機。あんなものの出番は無い。  それなのに、きゃつらは来た。もちろん、父さんも母さんにも、そんなきゃつらは”招かれざる、想定外の客”だったのは間違いない。きょとんとした顔で、その機体を見上げている。一応、近くの町とは無線で連絡できるようにしていたが、想定外の緊急事態がないとはいえないわけで。だから、目をそばめて、それが何かを確認しようと上を見上げていた。幼い彼は、両親から少しはなれて、狼たちとじゃれていたところだった。  「明、逃げて!」そうまっさきに叫んだのは母さんだった。  誰よりも母さんは目が良かった。しかし、そんな母さんでも、ヘリの脇のドアが開いて、マシンガンが姿を見せるまでは、きゃつらの正体を知ることはできなかったのだ。  だから、幼い彼になにができるというものでもない。その前に、狼がとっさに彼の体に覆いかぶさって隠してくれたのだ。もし、不慣れな雪の上を幼児の足でよたよた歩いていれば、あの時、彼は両親とともに絶命していたに違いない。 ぶうううん、ががががが!  母さんの言葉の直後に、それが火を噴いた。 どどど!  あの大音響の中で母さんの声が合図になったわけでもなかろうに。  そして、明は見た。  父も母も、一瞬で、蜂の巣になるのを。鉄の雨の中で、不器用な踊りを踊っているようだったのを鮮明に覚えている。弾丸が当たったところから、血と肉がほとばしる。  明は、その場面を見て気を失った。  マシンガンは首を振って明のほうも舐めたが、明が気絶して動かないのを見て死んだと思い込んだのだろう。運良く着弾しなかったが、それを上空から見落としたのだ。  そうやって、彼は・・生き残った。
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