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大好きだった祖母が亡くなった。
一年前の茹だるように暑い夏の日だった。
人が亡くなるとはどういうものなのか幼いが故に何も分からなかったボクは、死化粧を施されて美しく横たわっている祖母の傍らに座りながら、いつまた目を覚まして愛おしそうに頬を撫でてくれるのか、今か今かと待ち続けながらずっとそこから離れなかった。
梅雨入り特有のしとしとと降る雨だった。
朝からずっと外を眺めていたのは、雨が止んだ瞬間に友達を誘って遊びに行きたかったからだ。
部屋の中には洗濯物が干してあって、母は生乾きの匂いに苦笑しながら昼食後の片付けを行っていた。
「あっ」
キッチンで洗い物をしていた母が不意に声を発した。
ボクは貼り付いていた部屋の窓から手を離すと、母の元へと駆けて行った。
「どうしたの?」
「明日の食パンを買ってくるのを忘れちゃった」
「朝ご飯の?」
「そう。パパが久々に食べたいって言ってたのに」
「ボクが買ってこようか?」
「タイちゃんが?」
「ママはお家のことしなきゃいけないから。ボクがお遣いしてくる」
母はレバーを下げて蛇口の水を止め、少し考えを巡らせているようだった。
食パンが売っているスーパーまでは家から歩いて十分ほどだった。ゆっくり歩く子どもの足ならだいたい十五分。降り続く雨からは強まる気配は感じられなくて、母は一旦窓の外を覗いてから濡れた手を拭いてボクと同じ目線になるように膝を折った。
「タイちゃん一人で大丈夫?」
「平気。学校でお金の計算も習ったし」
「迷子になったりしない?」
「いつもママと行ってるから覚えてるよ」
だからボクに任せて。
胸を張って自信満々に笑って見せると、母はふっと口元を緩めてボクの頭を数回撫でた。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「うん!」
瞬間、胸の中がとてもワクワクしてきた。
これまでに一人で何かを買いに行ったことはまだ一度もなかった。
欲しいものがある時は必ず父か母と一緒に店に出掛け、お金を払う時も隣で見ているだけで品物が手に入った。
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