水溜まりの中のキャンディ

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「これ、食パンを買うお金ね」 「はい!」 玄関でレインコートと長靴を履かせてもらい、首から下げたビニール製の小さいがま口に五百円玉を入れてもらった。 「これをレジのお姉さんに渡すのよ。お釣りを受け取ったらお礼を言って、食パンは袋に入れてもらって」 「分かった」 「気をつけてね」 「うん! いってきます!」 エレベーターのボタンを押して一階に下りると、エントランスを通ってマンションから外へ出た。 空には真っ白い雲が敷き詰められていた。晴れた時みたいな綿菓子のような雲じゃなくて、もこもこと重たそうに沢山の水を含んだ雲。 この雲がいる限り、ずっと雨が続くんだ。 遠くを見ても雲は延々に広がっていて、走っても走ってもゴールがない無限マラソンみたいだと思った。 大きな通りは危ないからと、車の通りが少ない小路を通っていくように母から言われた。そこはいつもボクが友達と虫を採ったりボールを蹴ったり遊び場にしている場所でもあって、近所の人も裏道としてよく使っている路でもあった。 右左右と念入りに確認して、十字路を渡って長靴を響かせた。 水溜まりを歩くとぴしゃぴしゃと音が鳴って妙に嬉しい気持ちになった。もっとボクが小さかった頃、大きな水溜まりがまるで海や池のように感じられて、その場にしゃがんで両手を濡らして遊んでいたことがあった。 確かその時は祖母が住む田舎へ遊びに行っていた時で、両手だけでなくお尻まで水で濡らしてしまったボクを抱き上げて「タイちゃんはやんちゃだねぇ」とシワの入った目元を下げていた。 「……」 歩いていた足を、ピタリとその場で止めてしまった。 レインコートからは弾いた雨水がポトポトと足元に落ち、ずっとそこに立ち止まっていればボクの周りにも水溜まりができるのではないかと、そんなことを思った。 「おばあちゃん……」 亡くなったことを理解したのは、祖母が骨になって収骨場に現れた時だった。
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