魔女姫は海に啼く

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「受け取ってくれるよね?」  問われ、ラナは勢いよく頷いた。泣きそうになって、かろうじて堪える。 「貸して」  サイは一旦ラナの手から指輪を奪う。するりと指輪から鎖を抜き取った後、それをラナの左手の薬指にはめてくれた。  中指にはまった呪力封じの指輪の放つ禍々しさを消してくれるような、優しい金色の指輪だった。中央に輝くは、緑の石。サイの家に代々伝えられてきた、家宝。  婚約がまだ有効なのだとわかって、嬉しくてたまらなかった。  翌朝、ラナは片手に鞄を持って旅立った。荷物は、ほとんどない。鞄に詰めたのは、わずかな貯金と着替えだけ。  サイはラナよりも早くに起きて、港で乗船券を買って来てくれたらしい。家を出る前に乗船券を渡された。  何もかも順調に思える旅立ちの朝――だが、波止場に行く前に剣呑な目をした男に呼び止められてしまった。 「――待て」  赤茶色の髪の男は、ニ十代半ばといったところだった。サイは見覚えがあったらしく、足を止めて眉をひそめる。 「……何か」 「とぼけるな。その子は、魔女姫だろう」  詰問され、サイは黙ってラナを後ろ手にかばった。 「何度も言ったはずだ、アギ。魔女姫を利用すべきではないと――」 「んなこと、言ってられるか!」  男は剣を引き抜いた。緊張が走った瞬間、サイは鋭くラナに警告する。 「先に、船に乗ってて。すぐに追いつくから」  わかった、とも言わない内にアギが襲いかかって来た。応戦するサイに「待ってるわ!」と声をかけて、ラナは走り出した。  指定された船に乗り、甲板から港を見下ろす。サイはなかなか来なかった。  早く、早く、と心の中で忙しない声が溢れる。  とうとう出発の時刻になり、船が動き始めた時、サイが走るのが見えた。彼はしなやかに跳躍し、甲板に降り立つ。 「おいおい、お客さん……」 「乱暴な乗り方をして、すまないね。乗船券はあるよ」  にっこり笑って、サイは呆れる船員に乗船券を渡していた。 「サイ、大丈夫だったの……!?」  駆け寄ると、彼は破顔した。
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