魔女姫は海に啼く

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「それ以来、魔女姫が生まれると禁呪を使わせないよう、みんな注意を払って守った。そして“呪力欠け”とつがわせたんだ。敢えて、濃い呪術の血を薄めるために」 「だから……私とあなたが婚約者になったのね」  知らなかった。魔女姫とはてっきり、ミシアでは称えられる存在だという認識しかなかった。だが、違ったのだ。むしろ畏れられる存在で――。 「叛乱に君を利用するという動きは、歓迎できない。さっきも言ったように代償が大きすぎるからね。だから一旦、身を隠そう」 「わかったわ……」  サイは行先を決めていると言った。この国より西にある、海の真ん中に浮かぶ島国ファイロウ。そこに知人がいるので、しばらく匿ってもらう算段だと。 「あなたは――独立運動には関わらないつもりなの?」  ラナの問いに、サイは(くら)い顔をして目を伏せた。 「今のところは無理だ。武力が違いすぎるし……甘いかもしれないけど、次の国王が穏健派なら少しずつ交渉していく方がいいだろう。下手に乱暴な手に出れば、また粛清されるかもしれないし」  サイはとにかく、穏便な手段を取りたいようだった。  地獄のような戦場を見た結果なのだろうか。それとも、さすらった数年の経験がそう言わせるのだろうか。  不思議に思いながらも、ラナは彼の広げた地図に見入った。  ここより西にある国――ファイロウ。どんなところなのだろう。久々の新天地。それも、死んだと思っていた婚約者と、一緒に暮らせるようになる。 (暮らせる……?)  おずおずと、彼を見上げる。するとサイは「うん?」と首を傾げた。 「どうかしたの?」 「……あの」  結婚の約束はまだ有効なのか。そんなことを聞くのは、はしたないだろうか。 「ああ、そうだ。――ええと」  サイは少しはにかんだ笑みを浮かべて、後ろに回した手で首飾りの鎖を外し、鎖ごとラナに手渡してくれた。 「これは……」  服に仕舞われていて見えなかったが、その首飾りには――指輪が付いていた。 「婚約式、できなかったね。……指輪はもう、父からもらっていたんだよ」  サイが十五の誕生日を過ぎてから、婚約式を行う予定だった。もう婚約自体は結んでいたけれど、一応の正式な儀式として。そこで婚約指輪を、もらう予定だった。
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