生命のゼンマイ

5/17
前へ
/17ページ
次へ
「なに言ってんだよテメェ、俺はな、この店が大好きなんだよ、うぃっ、そんでな、ここの客はみんなここが好きだから来ているだよ、うぃっ、だからな、みぃ~んなお友達なんだよ、そうだろ、兄ちゃん」  死神さまは、露骨に面倒くさそうな表情を作って椅子から立ち上がります。正体が死神さまですから、ここでパチンと指を鳴らせば、この泥酔した輩を黙らせるぐらいは造作もないのですが、さすがにそんな野暮は致しません。 「僕たち場所替えるから、また今度ね」 とカッコいい一言。それから女の子の肩に手をやって軽く促します。  バーテンさんと三人の中で比較的シラフを保っていた男の詫びを受け、死神さまが軽く手を振ったのは、気にしないでいいよというオシャレなメッセージだったのですが、何を勘違いしたのか、かの酔漢は自分に向けられたサヨナラと思ったようです。 「よぉ、兄ちゃん、もう帰るんかい、今度またゆっくり飲もうな!」  死神さまにすればパチンとやりたいのが山々だったことでしょうが、その場はどうにか踏み留まることができました。いたずらに事を荒立てないあたりは、人が出来ていると申しましょうか、人ではありませんから神が出来ているといったところでしょう。ともかく、そんな形でこの件は一段落なのですが、職場に戻ってから改めて思い返した死神さま、やはり納得がいかないご様子です。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加