あなたが誰を好きだとしても

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「おかえり」  ダイニングから声がした。パートから帰ったばかりなのか、お母さんがエコバッグから野菜を取り出して冷蔵庫にしまい込んでいた。手を洗ってから、冷蔵庫とお母さんの仲介役を引き受けた。十年前に買った銀色の冷蔵庫の中身が、少しずつ満たされていく。水菜、鶏の挽肉、温泉卵。今夜は、つくねの照り焼きだろうな。途端にお腹が騒ぎ出す。  本来なら、こんな作業をしながら、多分久々に大雅と会ったことをお母さんに報告している。でもなんだか言える気分じゃなかった。全部、大雅のせいだ。全然目を合わせなかったし、会話も適当だったし、おまけに別れ際に変なことを言うし。  お母さんは、お気に入りの黒いエプロンを着けて、お米を研いでいた。シャッ、シャッとリズムよく刻まれる心地よい音の合間を縫って、声を掛ける。 「晩ご飯まで、部屋で勉強して来るね」  私にだって時々はそんな日もあるのだ。だから今日も特に怪しまれている様子もなかった。テーブルの上に置いてある、頂き物のクッキーを一枚頬張ってから、冷蔵庫にしまったばかりのジャスミン茶のペットボトルを取り出し、キッチンを後にする。リビングでまったりとテレビを見ながら大雅とLINEするなんて、絶対に無理だと思ったから。
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