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人よりもやや神経質なその男は、自宅のチャイムから鳴り響く電子音が我慢ならなかった。
訪問者が来る度に、静寂を切り裂いて甲高く響き渡る機械的で単調なメロディ。
落ち着いた空間を求めて、都心から離れた山の中に自宅を構えたというのに、これでは台無しではないか。
ある日、とうとう我慢が出来なくなった男は、車を走らせ麓の店へと向かった。
「これは、これは。お久しぶりですね。本日は何をお求めで」
「きみの店で選んだ、玄関のチャイム。すこぶる調子は良いのだが、押した時に鳴る、あの音は頂けないなあ」
笑顔で応対をする店の主人に、男はどれほどチャイムの音が苦痛であるかを語る。相槌を打ちながら聞いていた主人は、話がひと段落すると、変わらぬ笑顔で口を開いた。
「ちょうど、そのようなお客様にお勧めの商品がございますよ。販売が始まったばかりの、最新のお品でございます」
「それは都合が良い。是非試してみたいのだが、どのような機能が付いているのかな」
「試されてからのお楽しみとしておいては如何でしょう。モニターを募集しておりますので、無料で貸し出しを致しますよ」
男は早速それを注文すると、軽やかな気持ちで車に乗り込み、帰路に付いた。
数日後、最新式のチャイムは設置された。男は自分で試してみようかと考えたが、楽しみは先延ばしにした方が良いと思い直し、ソファに座ってコーヒーを飲みながらのんびりと来客を待った。
今日は確かそろそろ頼んでいた荷物が届く筈だ。外でトラックが止まる気配がした。いよいよか。
「おーい」
男は宅配業者の声が、やけに近くから聞こえたと感じた。いや、違う。これはまさか。
「おーい」
慌てて窓から玄関を覗くと、宅配業者がチャイムのボタンを押すたび、自分を呼ぶその声は家中に響いていた。なんということだ。最新式のチャイムとは、電子音ではなく、人の声を鳴らすのか。
初めこそ戸惑いを感じた男だったが、そのうちチャイムから響く声を、心地良いと感じるようになっていった。
爽やかで張りのある、軽快な若い男性の声だ。無愛想な電子音より、ずっと良いではないか。
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