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暫く充実した日々を送っていたが、ある深夜のことだった。男は久々に会う友人を迎えるため、リビングで酒の用意をしていた。 交通機関の関係で、このような時間にはなってしまったが、数少ない気の置けない友人だ。たっぷりもてなしてやろう。そうだ、チャイムを自慢してやろうか。そう考えていた時だった。 「おーい……」 男はぎょっとして、硬直した。 チャイムから響いたそれは、いつもの爽やかな男の声ではなく、背筋も凍り付くようなおどろおどろしい女の声だったからだ。怨念すらこもっているように感じる。これはどうしたことだ。 そう言えば、このような深夜にチャイムが鳴るのは始めてだ。深夜になると声色が変わるのか。余計な機能を付けやがって。 友人と楽しい時間を過ごす最中も、恨みがましい女の声は耳にこびりついて離れなかった。 翌日、男は憤りながら車を走らせ、チャイムを貸し出した店に向かった。 「おい主人、これはどうしたことだ。深夜になると声色が変わるなんて、酷いじゃないか」 「おや、お客様。何か不都合でもございましたか。仰るような機能は、付いていない筈ですが」 「とぼけるな。男の声が女の声に変わったんだ。それも、とても恨みがましい、この世のものではないような……」 「ですからお客様、男の声とか女の声とか、何の話です。あのチャイムは、こちらにありますように、子機の振動と川のせせらぎや鳥の声などで、訪問者を知らせる機能が付いている商品でございますよ」 カタログを広げて店主はそう説明をする。男は言葉を失って立ち尽くした。 ほとんど飛び出すようにして店を出た男は、一刻も早く家に辿り着くべく急いで車を走らせる。するとあの声は一体なんだと言うのだ。今すぐにでもチャイムを確かめたかった。 「おーい」 男は思わずブレーキを踏み、車から降りた。まだ自宅までは大分距離がある。いや、自宅はおろか、民家も見当たらない山の中だ。慌てて辺りを見渡すが、何もない。 再び、声が聞こえてきた。 「おーい」 「おーい」 人の気配すら感じないさみしげな山中で、男を呼ぶ聞き慣れたあのチャイムの声だけが、辺りに響いていた。
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