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ここは何処だろう。暗い。私は暗闇の中を歩く。恐怖はない。私はこの暗闇を良く知っている。懐かしさすら感じる。きっとこれは子宮の中の暗さだ。
私は死んだのだ。でも、どうしてだろう?直近の記憶が殆ど無い。この暗闇に堕ちてから、時間はそれほど経っていないような気がするし、あるいはとても長い時間そこにいたような気もする。何の変化も起こらない暗闇の中では、時間の存在は限りなく薄かった。
しかし、私は確かに死んだのだ。私は生前、死ぬ理由を求めて彷徨っていた。生きる目的を失っていたのだ。私はかつてサッカーのプロ選手だった。Jリーグを経て、イタリアのセリエAでもプレーをした。自分で言うのも気恥ずかしいが、私は当時世界でもトップレベルのストライカーであったはずだ。私がゴールを決めれば、日本でもイタリアでもスタジアムの熱気は私の1振りのシュートに注がれ、ボールがネットに突き刺さると、芝生のコートを破るような歓声が上がる。私にとってサッカーは全てだった。22歳で初めて日本代表に選ばれ、計3度のワールドカップを経験した。そして、3度目の大会が終わった後に惜しまれながら引退を決めた。30歳という年齢は引退するには早すぎるという声もあったが、私としてはこれ以上パフォーマンスを上げることが出来ないと限界を感じていた。引退後は現役時代の年俸を使って有り余る生活が出来た。しかし、現役時代の輝きの分、引退後の人生は極めて退屈であった。妻と子供との穏やかな生活は確かに幸せてはあったが、あの芝生の上の熱狂を知った私にとって、その幸せは色褪せて感じた。私は30歳にして終わった人になったのだ。私は自然と死を求めた。死に場所を探すことが、間接的に私の生きる目的となっていた。人間はいつか死ぬのだけれど、その時期を自分で決められる者は少ない。私は死ぬ理由を求めていた。
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