暗闇

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私は十分納得のゆく理由を見つけられたのだろうか。 私は自分の体を隅々まで点検する。体に死因に繋がる手掛かりが残されているかも知れない。だが、体のどの部分にも傷や欠損は生じていないようだ。30代の健康な若い肉体がそこにはある。しっかりと筋肉が付いた肉体で、贅肉は皮膚の下にも、内臓の間にも、全く見当たらない。肉体は外面からも内部からも至って健康そのものだった。死因という意味では、死の理由を物語る証拠は残されていないようだった。 私は暗闇の中をしっかりとした足取りで歩いてゆく。不思議なことに、私は進むべき方向を予め分かっているようだった。私は頭の中にコンパスを搭載しているかのように、真っ直ぐその方向に歩くことが出来た。 やがて目の前に大きな門が見えてくる。門は不思議に光を放ち、暗闇の中では遠くからでも良く見える。これだけ近くなるまで門を見つけられなかったのは、光の届く範囲が限られているからだろう。門を見つけてから、その足下に辿り着くまでにそれほど時間はかからなかった。私はこの門を目指して歩いてきたのだと知る。門は10mくらいの高さの巨大なもので、真鍮のような鈍い光沢を放つ素材で造られている。私はその門に見覚えがあった。ロダンの地獄の門だ。上野の西洋美術館に展示されているその門を、私は家族と一緒に観に行ったことがあった。その日は雨が降っていて、暗い空にそびえる門が嫌にリアルで恐ろしかった。まだ幼かった娘が門の前で号泣していたのを憶えている。その地獄の門の前に私は1人立ち尽くす。
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