前編

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私は彼が好きだった。 どんな花を愛でるよりも愛おしかった。どんなに美しい景色よりも美しく見えた。どんなに面白い笑劇よりも、一緒に過ごしている方がずっとずっと楽しかった。 彼が国家転覆を目論んでいると知った時も、私が彼を愛していることは変わらないし、彼も変わらず私を愛してくれた。 彼は国が、この世の中が嫌いだった。規則に縛られ、偏った醜い生き方しか許されないことが嫌で仕方がなかったのだと思う。 私自身そう感じている部分もあったし、彼と一緒にいたかったから私も賛同した。 私と彼は住んでいた家を売り払い、ビジネスホテルや漫画喫茶を転々としていた。 国家転覆を知略だけで行えるほど頭が回るわけではなかった彼は、武力でしかそれを行えない。彼は法律に触れるような、危険なことにも手を出していた。そしてそれを私に一切言わなかったのだ。 私が心配したり、引き留めたりするのを恐れたのだろう。彼がもし正直に話していれば、私は彼に全てを委ね、信じたというのに。 はっきり言って何かを隠しているのはわかっていたのだ。しかし彼なら大丈夫だと信じていた。 彼は着々と武器を集め、同志を募り、計画を実行に移した。多くの人が彼の元にに集い、武器を掲げ、志を共にする人を彼はこんなにも集められるのだ、と彼にますます惚れたその時の心情は今でもはっきり思い出せる。 彼の一団は街を破壊していった。人を殺していった。 そして、国の軍隊に壊滅させられた。あっけなく。 そして軍隊は私たちにこう問うた。 「頭は誰だ」 すると真っ先に一団の一人がこう言った。 「そこの女です!ロングヘアーの!黒い髪の!」 その条件に合うのは私だけだった。 その団員の一声をきっかけに一同が私を示す。私が首謀者だと軍隊に叫ぶ。 彼は助けてはくれなかった。ただ俯いていた。 連れ去られる直前、私は彼にこう静かに叫んだ。 「長年付き添ってきた私よりも、彼らを選ぶのですか」 彼は次の瞬間、こう言った。
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