前編

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「この鎖さえ外せれば…」 「無理だ。鍵がかけられているし、第一奴がそんな簡単に生ぬるい拘束をするわけがないだろ。奴は…」 彼の体が震え出す。歯がかみ合わずガチガチと音を鳴らす。 「しっかりして!絶対助けるから!」 「何を言っている!もう無理だ。僕は君を裏切り、彼らに裏切られた。これ以上はもう嫌だ。それに逃げ切って何になる。また彼らが追ってくる。彼らに一生逃げながら過ごすのか?僕は嫌だ」 彼は私が想像するものを遥かに超える傷を負っていた。私では治しようがない大きな傷だ。 「殺してくれ」 「ごめん、よく聞こえなかったんだけどもう一回言ってくれる?」 聞き間違いだと思った。そう思いたかった。 「殺してくれ。生きていても何もいいことなどない。死んだほうがマシだ」 そんなことできるはずがない。私は彼のことを愛しているのだ。そんな彼を殺めるなど、私が壊れてしまう。耐えられない。 「頼む。もし僕を本当に愛しているなら、僕の願いを聞いてくれ。僕のことを愛しているのだろう?愛しているから来てくれたんだろう?」 彼は私を見上げ、懇願する。目は赤く腫れており、所々擦り傷や痣が見えた。みっともない姿だ。しかしそんなところでさえ愛おしく思えてしまう。 そして、「愛しているからといって来たわけではない」と言えたら、なんと清々しいことだろうか。 しかしそう言ってしまうことは自分に嘘をつくことになる。 「愛している。でも、できない」 「どうしてだ!頼む!愛しているんだろう?!早く僕を終わらせてくれ…この地獄から、苦しみから解放してくれ!」 私は何も言うことができない。 彼は私以外に殺しを頼める人がいないのだ。 私は殺したくない。しかし、彼の気持ちを考えず殺さなかったら一生苦しみ私を恨むだろう。 どうしてあの時に殺さなかったのだ、と。 果たしてその先に私の望むような、明るく幸せな私たちはいるのだろうか。 自分の気持ちを優先したために、愛する者を一生苦しめなければいけないのか。 彼を苦しめるのは嫌だ。 私は近くに落ちていたガラス片を拾う。強く握りしめたために血が滲む。 「わかった」 手は震え、頬から一筋の涙が流れる。 彼は微笑んだ。 涙で顔がぐしゃぐしゃになる。 「泣くなよ、最期に見る??の顔が泣き顔なんて嫌だろ?」 私は大きく頷いた。 「愛している、私はあなたのことを心から愛しているわ!」
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