229人が本棚に入れています
本棚に追加
序章
友人が自殺しようとしているところを見ていた。
冬。しんと冷える静かな夜だ。風は冷たく、二人の間を通り抜ける。この気温では水の中はさぞ凍えることだろう。
橋の欄干に座って足をぶらぶらさせる友人の後ろ姿を、少女は黙って見つめることしかできない。
風に圧されただけで倒れてしまいそうなほど華奢な後ろ姿だった。白すぎるほど白くて、透き通っているみたいで。純粋に、美しかったのだ。
その友人が、白い肩越しに振り返った。
「――止めないの?」
唇がゆっくり弧を描く。
少女はぎゅっと拳を握りしめた。足の裏は地面にぴったりくっついて、離れない。開いた手の指先が細かく震えているのがわかった。
友人は少女の反応に少しだけ眉を下げると、また正面を向いて後ろに大きくのけぞる。バランスが崩れて滑り落ちそうになっても、少女は友人を支ええることはしなかった。
「きれいな夜」顔を上に向けたまま、歌うように言う。
確かにきれいな夜だ。研ぎ澄まされた冬の空気、草と土のにおい。夜空に輝く星々はみな息を潜めてこちらを窺っている。
「私はね、あなたと一緒に死にたいの。あーちゃん」
友人は一人嬉しそうな顔でクスクス笑った。少女は返事をしなかった。
じっと上を見つめる。この満天の星空を、目に焼き付ける。一生、忘れないように。
「――」
彼女がそう願うなら、私は。
――私の、願いは。
最初のコメントを投稿しよう!