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閑静な住宅地から少し逸れ、坂道を上った先にある一軒家。私はこの家が昔から嫌いでした。プライドと見栄だけで建てられたような洒落た外観がどうしても気に入らないのです。そんな我が家は、両親ともが逃げるように出ていってからというものの廃墟同然のたたずまいをしていました。
現在私はその廃墟で、父親からの十分すぎる仕送りの元、名前も知らない男の子と二人暮らしをしています。
玄関の扉を開けると、案の定中からはコーヒーとパンのいい匂いがしてきました。すんすん鼻を鳴らしつつ靴を脱いでいると、廊下の奥から一人の少年がにゅっと顔を出しました。
私はにっこり笑って少年に挨拶します。
「おはよう、黄昏」
「遅い」皮肉屋でひきこもりの同居人は、不機嫌そうに口を曲げました。「もう朝飯できてるんだけど」
私は「はあい」と適当に返事しつつリビングに向かいます。着ていたカーディガンを脱いでソファーの上に投げると、黄昏が台所に戻りつつ訝しげに見てきました。
「よくこんなくそ暑い中、そんな恰好で出歩けるな」
「慣れだねえ。それに、朝は結構涼しいよ」
年中長袖の私だって、炎天下を歩くのはしんどいものです。だからこそ散歩は早朝か夜だと決めています。
そこまで答えて、「君も人のこと言えないよ」と付け加えました。前髪を両目が隠れるまで伸ばしたままにするなんて、夏場じゃなくてもどうにかなりそうです。彼は「ほっとけ」と吐き捨てました。
外では薄く蝉の声が聞こえ始めていました。
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