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じっくりと時間をかけて博物館を周り、時折知り合いであったミネオールに心の中で挨拶をしたり言葉を送ったりした彼。太陽が空の天辺から少し傾いた頃に、博物館を出た。
明るい日差しの元、博物館のすぐ側に有る公園に入り、ベンチに座る。色とりどりの花が花壇に植えられ、広場の所々にも小さな花が咲いている。
広場で遊んでいる子供と、その子達が所有しているであろうクレイドールが走り回ったり、小さな花を摘んで輪を編んだり髪に飾ったりして遊んでいる。
彼は暫くその光景を微笑ましく眺めていた。あの子供達にとって、クレイドールはとても大切な物で、愛するべき物で、お互いに尊重するべき物なのだ。
楽しそうなクレイドールたちを見て、彼は思う。自分もクレイドールを所有する事が出来たら、どの様な気持ちなのだろう。この星に移住さえすればクレイドールを買う事が出来ると言われた事があるけれども、もしこの星に移住する事が出来たとしても、クレイドールを買う事が出来ない理由が彼にはあった。
すこしぼんやりとした後、彼は持っていた鞄から一冊の文庫本を取り出した。しっかりとした厚みのある、けれども古びた本。この本はこの星の行きつけの古本屋で買った物だ。
ぱらぱらとページを捲り、すぐに本を閉じる。それから、両手でしっかりと本を持って口元に持って行き、大きく口を開けて齧り付いた。
口の中の古本を噛みしめ、飲み下す。その味はまろやかで香ばしく、甘い木の根の味に似ている。
これが、彼がこの星に移住してもクレイドールを買えない理由だった。
彼は、他の星で作られた、パルプを主食とする人形だ。クレイドールと違い扱いが難しいため、主に大人が愛玩用にと購入される事が多い人形なのだけれども、時としてその寿命は人間よりも遥かに長く、生きる骨董品として扱われる事もある物だった。
彼は、自分がもうどれほどの時を生きているのかを知らない。
ふと、広場で笑うクレイドールを見て彼が呟いた。
「僕が人形としての生を終えたとき、僕はどうなるんだろう」
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