クモノイト

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「ぐっ……」  母親は椅子を蹴った。今宵(こよい)二度目の断末魔が狭い室内に響き渡る。 「………………」  私はこれまで生活を共にしてきたこの二人を救ってやれなかった。もしも、もしも私の存在にさえ気付いてくれたなら……。  部屋の中は静寂に包まれていた。  ただ一匹、小さな蜘蛛(くも)がカサカサと()(そば)を徘徊している音だけが響く。  いや、考えるのはもうよそう。今ここでこの母子(おやこ)を救えたとして結局はそれも束の間。今度は私が二人を不幸にし、最終的には同じ結果にしてしまったかもしれないのだ。  それほどに“当たりくじ”である()の賞金額は大きかった。  一等、六億円。  そう、私の存在を思い出したとして、今度はこの巨額の富が地獄の亡者のように二人の足を引っ張り、遅かれ早かれこの母子の人生を狂わせていたに違いないのだから。
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