クモノイト

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 私がこの母子家庭のもとへやってきてもうすぐ一年が経とうとしている。まだ幼い娘の方がちらと私の方を向いた。確か良子ちゃんという名前だ。ん? 私に気付いたのか? 「あっ、お母さん、蜘蛛(くも)だよ」  私が来た頃、この母子(おやこ)の目にはまだ光があった。ほんのわずかながら希望を持っていた。そんな気がする。 「あら……本当ね」  貧しいながらもその頃の母子には笑顔があった。それが今ではどうだ。母親の髪の毛は乱れ、目はどんよりと曇っている。一方、娘のパジャマは汚れ果て、その顔は栄養失調でげっそりと痩せ細り、寝たきりの生活を送っていた。 「えいっ」  この家に来てから二三週間もすると二人は私のことを忘れた。だが、それも仕方のないことだ。今日の食費だってどうしていいのかわからないこの母子にとって、私の存在などしょせん紙くず同然なのだから。 「あ…… 駄目よ。殺しちゃ」  今までずっとこの母子を見てきたが、どうやらもう限界のようだ。今夜はいつになく母親の目つきがおかしい。 「どうして?」  金──そんな紙切れのために人間というものたちはここまで追い詰められるものなのか。私は不憫に思った。ちっぽけな存在ではあれど私はなんとかしてこの可哀想な母子を助けてあげたかった。
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