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これまでのキスツスの葛藤を無視するような発言に、レベッカは思わず眉を顰め、新たな上官であるヴィルトに詰め寄った。入団当初、シアンから同じような反応をされた事を思い出し、ヴィルトは苦笑しながら彼女を避けてキスツスに歩み寄った。
「そう怒んなレベッカ。その呪いとやらを隠し続ける必要が無くなったんだから、良い事じゃねぇか」
「……」
俯くキスツスの頭に、ヴィルトは手を添える。
「アエトスの『最強』は席が空いたんじゃなく更新された。それに、お前が騎士として用済みになるわけじゃねぇ。俺の部下として好きなだけ戦えばいいし、まあ…退団したければ俺が嫁に貰ってやるよ。これなら文句ねぇだろ」
「「………」」
キスツスとレベッカは驚きのあまり唇と瞳を開いたまま、言葉を失った。
窓の外からシエロが溜息とも感嘆ともとれる鼻息を吐いた。
顔を上げれば、ヴィルトの強く真剣な眼差しがあった。何の冗談でも無く、彼のただの本心であると理解できた時には、キスツスは全身に血の巡りを感じた。胸が熱く脈打ち、まるで今自分が生まれ変わったかのように。
息をするのを忘れたように薄く開かれたままの唇は震え、瞬きするのも忘れたように瞳は見開かれたままだ。そして闇しか映していなかったその瞳孔に、赤い光が宿る。
「あ……」
言葉にならない想いが溢れ、声にしようと試みた途端、彼女の肩は大きく震え嗚咽し始めた。
「うぅ…」
キスツスは両手で口を覆い、咽び泣いた。瞼が閉じられると大粒の涙が零れ落ちた。哀しくて泣いた事は数知れず。けれども嬉しくて泣いたのは初めてだった。
「ありがとう…」
震える声でどうにか絞り出せたのはそれだけだった。これほどに嬉しい事は無いと、こんなにも幸せな事は初めてだと、溢れる想いを伝えられる術を今の彼女は持ち合わせていなかった。
これは、歴代最強と謳われた孤独な少女と、元ギャングから騎士へと転身した青年が、戦いを経て、生きる居場所を獲得するまでの物語。
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