オルター・洋子「龍平洋漂流記」より 第5章 真摯な男たち

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剣岳、点の記(2009公開)         …やたらと元気な松田龍平  松田龍平が出てなかったら、まず観ようと思わないジャンルの映画だったが最後まで面白く観た。現代なら衛星とインターネットで簡単にできてしまうことでも、昔は人間が命がけにならざる負えなかったことは他にもいっぱいあるから、特にテーマが珍しいとは思わなかったが、やはり実際に雪山に入って撮影した風景の素晴らしさと、その中で動く素敵な俳優さんが見所でした。  観始めてすぐ、陸軍参謀部測量課の地図作りという設定に気がひかれ、浅野忠信の男性的な美しさに見惚れた。日本が西洋文化に本格的に向き合って40年後の明治終り頃の、陸軍所属の文官とは重厚だったろうな、と思わせる佇まい。知的だけどシンプルで、身体も意思も強い男性。身体の厚みがしっかりしているので背広を着こなしている。大人の男なのに、長い襟足の初々しい清潔さが際立っている。それが山に入って、だんだんひげが伸び、髪も伸びて、風雪を防ぐために目は切れ目のように細くなって精悍になっていくのがまたいい。宮崎あおい演じるかわいい奥さんには、甘えっ子になってしまうのも真実味が有る。外で男らしくしてる分、家では子供みたいになってしまう人、本当にいるもの。  香川照之も魅力的だった。体つきがいかにも雪山を雪わらじでヒョイヒョイ渡ってゆきそうな、手足の短い倭人的筋骨のたくましさ。無駄がなくて安定感が有る。吹雪の中で道を失いそうになり、ライチョウの声に耳を傾ける時の立ち姿など、「新日本風土記」に出てくる本当のマタギみたいで神々しさすら感じた。何かというと歯が全部むき出しになるところも男っぽくて頼もしい。そして切れ長な大きな目が知的で誠実そうである。  あと印象に残ったのは、夏八木勲の扮する修験道の行者。 顔も体つきも山岳修行の行者にしては肉感的すぎる。が、腹の底から唱える唱名が上手で聞き惚れてしまう。お経や唱名の類は一種の音楽なので、声の質、リズム感によって巧い下手がはっきり分かれる。夏八木勲はとても上手で、近くで直に聴いたらトランス状態に陥りそう。だけどあの脂っけのあるお顔とお姿はどうも行者と呼ぶには…山岳修験の行者は、筋骨たくましいが干物のような人ほど霊験あらたかな気がするのだが。
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