オルター・洋子「龍平洋漂流記」より 第5章 真摯な男たち

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 さて松田龍平、まず私には彼の衣装が非常にファッショナブルに見えた。あのままランウェイ歩けそうです。目深にかぶっていた黒いつばのキャップとウエストをマークした黒いロングコートが凡人と異なるプロポーションを強調している。クラシックなはずなのに彼が着るとモダンに見える。役としては生田信の若者らしい「気のはやり」で勇み立つ感じと、自信をつけ始めた年頃の生意気さ、やり過ぎて反省する素直さが、25、6歳の松田龍平にぴったりだった。あのころ松田龍平は急速にシャープな若い男に変貌していった。その変化が目に鮮やか。  それに雪の中の松田龍平ってなんて素敵なんだろう。歩き方、振り向き方で、遠いシーンでもすぐ彼とわかり、雪の中を歩いたり転んだりする松田龍平が好きな私は、それを観ているだけで拍手したくなるほど嬉しい。ひどい吹雪の中の命がけの行軍でも、彼だけなんとなくぴょこぴょこしていて元気いっぱい楽しそうに見える。結婚もしたし子供も出来たし(生田信の話よ)張り切りというかパワーがみなぎっている。雪崩に埋まってしまい助け出される場面も、命の危機だというのに…どことなく子供がふざけて遊んでいるような無邪気さ、あのやたらな元気さは何だ?おかしい。  妙だったのは苦心惨憺して命がけで成し遂げた「剣岳登頂」が前人未到として認めらなかった悔しさを、土砂降りの雨の中、男たちが唸ったり叫んだりして表現したところです。何が起こったのか理解できなくてボーっと見ているうちに、感情移入して一緒に悔しがる機会を逸してしまった。笑える場面がほとんどない真面目な映画だから、ここでちょっと笑えて逆に良かったかも。  雄大な自然の中を男たちが命を削るようにして進んでゆくシーンに、バイオリンのクラシック音楽が流れていたのに、ちょっと笑った。格調高い感じで、浅野や香川の「昔の日本人的美しさとひたむきさ」には似合っているんだけど古典的すぎて、何となく志村けんのコントが始まりそう。監督は「八甲田山」を撮ったカメラマンなのだそうなので、そういえば全体的に、あの時代(40年前)流行った映画みたい、と、ちらっと頭をよぎった。
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