異国の蝶

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 やがて一方的な欲望が爆ぜ、時が一瞬止まった刹那。林はふと昇り始めた朝日の一閃に視線を奪われ、我に帰った。彼が黒いゴム手袋をしているのだ。興奮に侵され気付かなかった事に愕然とし、林はこの行為に不釣り合いなそれを乱暴に剥ぎ取った。そして、目の前に開けた現実に、再び絶句する事となった。 「それ……どうしたの?」  当然ユーリンがそれに答える事はなく、突然動きを止めた男から逃れるよう、残る力でもがいている。  林は余りにも異質に思われる目の前の現実に頭が冷え切り、ゆっくりと杭を引き抜いた。蓋をなくした口から溢れた泡立った白濁が、太腿を伝い落ちる。その一線は穢れたものとも思えぬ、神々しい煌めきを放っていた。  その時、直感的に林は知った。この青年が、まだ夜の暗闇に侵されてはいない事を。白いシーツを巻き付けじっと耐えている姿は、蛹のように頑なで、何かに縋らなければ生き抜けぬ程に酷く幼く見えた。そして、ふと思い出したのだ。  嗚呼、あの蝶は、死んでしまったのだ──と。  林は乱暴に身体を拭うと、財布から一万円札を引き出し、荒い呼吸を繰り返しながらベッドの隅でシーツを握り締めるユーリンの目の前にそっと置いた。僅かな罪悪感がそうさせた。彼は、遊び相手としては相応しくは無かった。  ユーリンは二度三度、林と一万円札の間で視線を泳がせ、そして、林が想像もしていなかった言葉を言ったのだ。 「謝謝──」  痛みに顔を歪めながらも必死で造ったその醜い笑みが、林の脳裏に暫く残って離れなかった。
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