異国の蝶

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 それから、数日が経った。たった一夜の関係、それに慣れていた林がユーリンを思う事は当然のようになかった。だがあの夜以来、ふとした時に幼い日捕え、そして殺してしまった蝶の事をよく思い出すようになった。それは煙草の灰を落とすときや、部屋の電気を消すとき。瑠璃色の美しい羽が網膜の裏側で勢い良く蘇る。どうして──そう自問したとして、林の中にはその答えが浮かんではこなかった。  その日、林は自身のセクシャリティを知る友人のひとり、金子(かねこ) 成彬(しげあき)と棗の店を訪れていた。林自身少し後ろめたい気もしたが、金子がどうしても行ってみたいと聞かなかったのだ。そしてその少しの後ろめたさも、何ひとつ変わらぬ態度でテーブル席に案内してくれた棗を前に、たちどころに消え失せた。  林は素早く視線を走らせ、ユーリンを探した。彼は丁度カウンター席の男の前で何かを作っているらしく、随分と夢中になっていて林の姿には気付いていないようだ。ユーリンには何ひとつ変わった様子はなく、林は心のどこかで安堵と落胆が共存しているのを感じた。  金子はそんな林の視線の先を追って、驚きの声を漏らした。 「うわ、凄い美人じゃん」  確かに、ユーリンは痩せ過ぎてはいるが造形は整っている。一重瞼といっても幅は広く、もう少し肉が付いていれば随分と高貴な雰囲気が出るのではないだろうか。 「あれでも使い捨て?」 「ん?ああ……そう、いつも通り」  使い捨てだなんて、言い方は幾らでもあるだろうに、嫌味なのはこの金子の癖だ。自身の行動も褒められたものではないが、同意の上に成り立っているのだから誰に何を言われる筋合いもないのだけれど。 「いい加減、おまえも落ち着いたらどうなんだ」  呆れたように吐き捨てられ、林は心の内で落ち着く意味を探していた。何故落ち着かなくてはいけないのか、林はその理由に未だ辿り着けていない。だからこそ未だこうして恋人も作らず、灼けるような一夜限りの愛に溺れているのだ。
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