異国の蝶

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 深く思考している林を他所にユーリンを観察していた金子は、不意に視線を戻し未だ悶々と考え込む林に問うた。 「なあ、本当にちゃんとした関係だったのか?」  一瞬なんの事かと思案し、それがユーリンとの関係を聞いているのだと理解すると、林は思わず嘲笑を漏らす。 「ちゃんとしてたよ。割り切った関係だって、バカじゃない限り分かるはずでしょう。そもそもいきなりキスするような男の家にのこのこ来る奴だよ?他でも同じような事しているんじゃないの」 「聞こえるぞ」 「言葉わかんないんだって。中国人だから」 「え、中国人?へえ」  金子は驚いたように、再びユーリンを振り返った。林もつられてバーカウンターに視線を向けると、驚くことにユーリンの双眸は確かに自身を捉えていた。熱っぽい瞳はまるで愛を語らっているように濡れ、唯々切なげに林ばかりを写す。あれ程自分勝手に犯した相手を、あのような瞳で見詰める事が出来るだろうか。  一瞬見詰め合ったふたりを裂くよう、金子は言葉が分からないと知って気を大きくしたのか、先程よりも張った声で林も驚くような言葉を吐いた。 「どうなの?あっちの声もでかいの?て言うかさ、何でまた中国人?どうせ外人に手出すならヨーロッパ系じゃないの?中国人って声でかいし全然配慮ないし、品がないじゃん。お国柄って言うの?家電量販店とか、あいつらに占拠されてて煩いのなんの。全員日本から出て行って欲しいよ」  林は思わず閉口してしまった。確かに、日本人の中で何があった訳でもなく中国人を毛嫌いしている人は多い。インターネットなどは特にそうだ。平気で差別用語を書き殴る。同じく、元々金子は意味もなく中国を嫌っていたが、林自身、これまでそれに注視する事はなく、この手の話になると適当な相槌で聞き流していた。だがどうした事か、今この瞬間、説明の出来ない生温い汚泥が胸に満ちてゆく心地がした。  林が思わず突然湧いたそれを吐き出そうとした、その時だった──。 「すみません、聞くつもりじゃなかったのですけれど、そんな大きな声で話をされているものですから」  ふたりがその声に驚いて視線を向けると、頼んでいたオリーブを片手に、棗が静かな笑みを讃えて立っていた。
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