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ふたりは棗の発する不穏な空気に圧され、同時に生唾を呑み込んだ。
「それで、思うのですけれど、今は昭和初期の軍閥と同じような思考の方々が多いみたいですね。大陸を見下し、自分達を指導民族とでも勘違いしているのか、何に於いても優位に立とうとする。一体戦争でもなさるおつもりですか?」
棗はそう言うと、怒りに美麗な微笑みを貼り付け、オリーブをそっと机に置いて去った。林はそれ程ちゃんとした常連と言う訳では無いけれど、どんな事があっても冷静に対応している棗の怒りを初めて目の当たりにした。確かに金子の発言は酒の所為にしたとしてもかなり配慮の欠けるもので、まるで母親に怒られた時のような、そんな気分であった。
「……怒らせた?」
「また連絡するから、今日は帰れよ」
金子は素直に頷くと、少しの金を置いてそそくさと店を後にした。
林はそれを握ると、カウンター席へと移動した。もう終電はとうに終わり、客は林の他にカウンター席にひとりいるだけである。その客も、間も無く帰るような素振りを見せている。
「林さんももうお帰りですか?」
電卓を叩いていた棗は林に視線を投げ、ぞんざいに問う。いや、林がそう感じただけなのかもしれないが、それによって余計に林は居た堪れない心地がした。
「すみません、気を悪くさせてしまって」
「いいえ、何を信じるか、何を排除するかはそれぞれですから」
素直に謝罪をした林を責める気もないのか、棗はそう言って優しく微笑んだ。その変わらぬ美しい笑みに、林は思わずほっと胸をなで下ろした。
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