異国の蝶

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 棗がいない間に店を後にし、林はマンションへと帰った。そして何時の日かと同じよう、ベランダに出てじっと薄暗がりに浮かぶエントランスを眺めていた。あの瞳の熱──来るに決まっている。だが、万一来なかったなら?その先を考え、林は身体が快感に打ち震える心地がした。あのサインを誘いだと捉えるか、否か。勘の良い人間ならば当然気付く。ユーリンはどちらだろうか。  その答えは、間も無く時計が三時を指す頃に示された。  マンションの前にタクシーが滑り込み、車内から現れたひとりの青年。周囲を軽く見回しながら、エントランスへと進む。林は意図せずに自身が嗤っている事に気付き、この仄暗い欲情に歓喜した。  林の元を訪れたユーリンは、乱暴に引き込まれた玄関先で横暴な舌が絡んでも今度は抵抗と言う抵抗をしなかった。それどころか掻き抱かれ折れてしまいそうな貧弱な身体を必死でしならせて林の思うままに翻弄されている。  だが余りにも従順なその態度が面白くなく、林は徐に必死で縋るユーリンを突き飛ばした。後ろに流した前髪がはらりと落ちて、影の深い目元により重い紗を掛ける。その隙間から覗いた瞳は驚きに見開かれ、林を見上げ揺れる。 「好き者」  細い眉がぴくりと眉間に寄り、それがどう言う言葉なのかを必死に考えているようだ。だが、林は思考が落ち着くより先に、ユーリンの官能を弄った。性急に身を包むものを全て剥いでも、林はやはりロザリオだけは細い首に掛けたまま。時にそれから目を逸らし、しかし時に、十字架に架けられたその男を睨み付けながらユーリンを犯した。  彼の信じるものの前で、罪を犯す。間違いなくユーリンは背徳感を味わっている筈だ。その清廉な心は、引き裂かれるように痛んでいる筈だ。林はそれを疑わなかった。  だが──ユーリンの瞳は変わらずに自身を傲慢に陵辱する林を見詰める。熱く、粘るように。それがどう言った感情から来るものかは分からないが、林はその瞳を見る度、更にユーリンを酷く抱いた。
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