異国の蝶

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 だが首を傾け項垂れる林の言葉を聞いていたユーリンは、ふと小さく微笑んだ。林の手から逃れた右手が、とんと薄い胸を指差す。 「我──」 「……ん?」  林が注意深く耳を傾けると、今度は胸から離れた細い指先はゆっくりと林の胸に押し当てられる。 「イ尓──」  そう言って、ユーリンは首にかかるロザリオを両手で握り締め、深く瞼を閉じた。それはまるで、祈りのようだった。  長い間静かに祈り続けるユーリンを見詰めていた林はふと頬に温もりを感じ、慌てて伝う涙を拭った。鬱屈の捌け口として利用し傷付けて来たユーリン。その彼が、自分を憎むどころかこうして深い愛情を与えてくれる。それが林の荒んだ心を緩やかに締め上げた。 「俺は──君に非道い事を言った。言葉が分からないと思って」  言葉に頼りすぎて、何ひとつ見えていなかった事を知った。目線ひとつ、表情ひとつ、それでもひとはこんなにも感じるのに。ユーリンはあとからあとから流れ落ちる涙を拭う林を前に、小さく笑った。  止まらない涙を乱暴に拭い徐ろに立ち上がると、林は財布の中から十枚の一万円札を引き抜いた。 「ごめん」  その言葉と共にユーリンの手に握らせる。この純朴で優しい青年の弱みに付け込む形で、その身体を金で弄んで来た。その罪深い行為はきっと、最後まで貫き通さねばならないと林は考えていた。手切れ金としてはケチだが、余りにも高額だとかえってユーリンは気に病むだろう。 「ごめん」  再びその言葉と共に床に膝をつき、頭を擦り付ける。ユーリンはそんな林を慌てて起き上がらせ、そして優しく首を横に振った。  言葉が伝われば簡単なものが、酷くもどかしくふたりの間で逡巡しては消えてゆく。林も、ユーリンも、どちらもどうしたら良いのか答えを持ってはいなかった。それでも、不思議とこの時間が尊く、そして愛おしいもののような気がした。
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