毀傷《きしょう》

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 まるで眠りから覚めるような感覚とともに顔をあげると,目の前で両親が話し合っていた。妹はずっとスマホを弄っていた様子で会話には参加せず,私もまるで動画でも観ているような両親の姿が現実とは思えない感覚に包まれていた。 「ねぇ,お姉ちゃん。ちゃんと聞いてる?」  目の前で殴られ,蹴られ,指先を鋏で斬り落とされるお婆ちゃんを見たなどと決して言えなかった。窓の外に視線を向けると,相変わらず白魚のような生物が空を埋め尽くすように泳いでいた。 「ねぇ……みんな,なんの話をしてるの……?」  スマホの画面から視線を私に移し,驚いた表情で私を見た。 「え……? お姉ちゃん,やっぱり聞いてなかったんだ? これから私たち,叔父さんの家で過ごすことになったんだよ? 取り敢えず,お父さんが以前お寺でもらったお札の残りがあるから,それを家の中に貼り付けるんだって」 「そ……そうなんだ……?」  窓の外を見ても何も見えず,妹も反応していなかった。目の前には相変わらず言い合う両親がいたが二人とも私も妹も見えていないような態度だった。 「ねぇ,さっき外にふわふわ浮いてたの,まだ見える?」 「え? 見えないよ。お姉ちゃん,まだ見えるの?」 「ううん……もう,見えない……」 「なんなんだろうね,あれ」 「よくわかんないけど,見えないほうがいいよ,あんなの……」  窓のすぐ近くで白魚のような半透明の生物を丸のみするウナギのような生物が身体を大きく捻って方向転換をした。その瞬間,大きな顔がそのウナギのような生物を噛みちぎった。私の目の前で大きな顔は満足そうにゆっくりと離れていった。
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