毀傷《きしょう》

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 家族全員が私の言葉に緊張し無言になった。妹は泣きそうになりながら私の腕を痛いほど握り締め,震える額を肩に押し付けた。震える妹に腕を抱きしめられたまま,父親と目を合わさないようにして話を続けた。 「それでね……たぶんだけど。お婆ちゃん,私に幻覚みたいなのを見せたんじゃないかって……」 「幻覚……?」 「うん……女の人が裸で柱に縛り付けられてて……そこには暴力しかないの。それで,男の人が植木用の鋏で女の人の指先を順番に斬り落としていったの……」 「マ……マジか……あいつか……」 「うん……女の人,妊娠してた……あれ,たぶんお婆ちゃん……まだ若いころの……」  父親は背もたれに寄りかかり天井を見上げると,大きく息を吐きながら微かに震え,大粒の涙を流した。私も妹も父親に限らず目の前で大人の男の人が泣く姿を見たことがなかったので,戸惑い周りを見回した。不思議なくらい誰も気に留めていないか気付いていない様子で,深呼吸をするように涙を流す父親を誰も見ていなかった。 「なぁ,その話な……」 「うん……」 「その世話人……いや,その頃の親父は……お前たちのお爺ちゃんは……中学校の先生だったんだよ。学年主任になってから数年して,地元の選挙に出て市議会議員までなった。表の顔は立派なお偉い先生で,誰からも慕われてた……」 「うん……」
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