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つるつるした掛け布団に包まれたまま,目が冴えてしまい眠れぬ夜を過ごした。横で寝ている妹の寝息を聞きながら,薄暗い部屋のなかで微かに見える天井の模様を眺めていた。
耳元でチリチリと雑音が聞こえ,遠くで赤ちゃんの泣き声が聞こえた。慣れない叔父さんの家で,誰かが観ているテレビの音が漏れているのか,ラジオを聴いている人がいるのかわからなかったが聞き取れないほど小さな声の話し声がどこかから聞こえてきた。
深夜には似つかわしくない子供たちの走り回る足音,なにか金属を叩くような甲高い金属音,古い車のエンジン音など,ありとあらゆる生活音が微かに聞こえた。やがて目の前に随分と古い昭和の家庭のような光景がぼんやりと浮かんで見えた。
『え……なに,また……? え? 夢……? 幻覚……? またなの……?』
細長い脚の使い込まれた木製テーブルを囲むように三人の子供が行儀よく座り,床に届かない脚を飾りのついた背もたれの高い椅子からぶらぶらさせていた。三人とも一言も発せず,プラスチック製のコップに入った茶色いお茶を静かに飲んでいた。
母親らしき女性が手縫いの花柄の座布団が置かれた椅子に腰かけると,新聞紙を広げて静かに読み始めた。その間,子供たちはお茶を飲みながらテレビがあるのであろう方向に身体を向け,脚をぶらぶらさせていた。
『え……? マジでなにこれ? 夢……? また幻覚?』
次の瞬間,女性が立ち上がったかと思うと,突然手に持った大きな刃物を水平に滑るように振り抜いた。目の前を真っ白な光の線が走り,鉄のような臭いが鼻についた。
『あぁぁ……っと,えぇぇ……? なに? 急になに?』
真っ黒な闇のなかで刃物が鈍く光り,チリチリと雑音のような音楽が静かに部屋に流れた。女性は呆然と立ちすくんでいるのか,ピクリとも動かずそのシルエットは闇と同化した。
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