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ソファに沈み込むと妹が聴いたことがない鼻歌を口ずさんだ。それはどこか懐かしく,それでいて哀しくなるような響きだった。
鼻歌を口ずさむ唇から,いまにも消えてなくなりそうなか細い声が漏れ聞こえ,チリチリと部屋の空気を震わせた。
「その歌,なに?」
「え? なんの歌?」
不思議そうに虚な目で私を見た。いまにも寝てしまいそうなその瞳は,妹をひどく幼く見せた。相変わらず口元が微かになにかを呟き続けていた。
「その口ずさんでる歌,なんて曲?」
「え? 私,なにか歌ってた?」
まどろむように目をトロンとさせ,全身を脱力させたまま見上げるようにして,私を見ながら申し訳なさ気に微笑んでみせた。
「お姉ちゃん,私,なにを歌ってたかはわからないけど,歌ってたとしたら,きっとすごい昔の,私たちが産まれる前の歌だよ。たぶん」
「それって,お……お婆ちゃん関係ある?」
いまにも寝てしまいそうな表情でしばらく黙り込んでから,ゆっくり髪の毛を左手で掻き上げた。再び眠そうな眼差しで私を見ると,自分の左手と交互に不思議なものでも見るように眺めた。
「ねぇ,お姉ちゃん。なんで私の左手,こんな変な形なの?」
「え?」
「ほら……これ……」
中学生にしては,やけに細くて長い指を思い切り伸ばすように広げて見せた。白く染みひとつない透明感のある肌は姉の私が見ていても,羨ましかった。
「いつもと一緒だけど?」
天井に手をかざしながら,指先を震わせるように動かした。
「へぇ……これ,いつもと一緒なんだ……? 変なの……」
「え……? 変って……?」
「ううん……なんかキモイなって……」
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