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虚な目と痙攣するその目尻から,ほんの少し前の妹とは別人のような雰囲気に戸惑った。何度声を掛けても反応をしない姿を見ながら不安で胸が押し潰されそうになるのを必死に抑え,力いっぱい抱きしめた。
抱きしめても反応しない妹を見ても怖いとは思わなかった。
自分でも不思議だったのは,微かに口元から漏れる鼻歌を口ずさんでいる姿を見て,救急車を呼ぼうとか,叔父さんに助けを求めようとは思わなかった。
朦朧としている妹のために自分にできることはなにかを考えたが,結局なにも浮かばず,ただ妹がこれ以上怖い思いをするのを助けてあげたいと願い,再び力を込めて抱きしめた。
冷たくて薄い空気の部屋のなかで,妹を抱きしめたまま横に移動し,よだれの垂れている口元をティッシュで拭いてあげると,虚ろな目から大粒の涙がこぼれた。
「ごめんね……。なんとかしてあげたいけど,お姉ちゃん,なにをしたらいいのかわかんなくて……キツイよね。ほんとにごめんね……どうしたらいいのかわからなくてごめんね……」
虚ろな目でぼそぼそと歌い続ける妹の目からは涙が溢れていたが,それ以上の反応はなかった。
妹の身体をさらに引き寄せて抱きしめると,どこか懐かしい箪笥の奥に仕舞われていた「にほい袋」の独特な香りが鼻をかすめた。
「どおして……ねぇ,どおしてお婆ちゃんは私達の前に現れたの? なにを伝えようとしてるの? 全然わかんないよ……私達にひどいことをしようとしてるの……? 妹になにしてるの?」
私の胸に押し潰されるようにして抱きしめられた妹の身体は異様に熱く,まるで熱があるように感じられた。呟くようにぶつぶつと歌い続ける妹の身体を力を込めて抱きしめ,妹の耳元でお婆ちゃんに話しかけた。
「お婆ちゃん,お願いだからこれ以上妹に怖いことはしないで……お婆ちゃん,お願いだから……」
「ギギギ……ギギ……ゴメンナサイネェェェ……」
気のせいかと思えるほど微かな声がチリチリと鼻歌に混じって聞こえた。慌てて妹の身体を引き離すと,引き離された勢いで首が後ろに落ちるように倒れ,脱力したまま白目を剥いて大量の鼻血を出した。
驚いてすぐにティッシュで顔を拭き,床に寝かせて血で窒息しないように身体を横にした。
「大丈夫!! お姉ちゃんが一緒だから!!」
意識のハッキリしない妹の肩がゆっくりと息をしているのを教えてくれた。微かに上下する肩の動きを見ながら,呼吸が苦しくないか確認し,身体をさすりながら耳元で妹の名前を呼び続けた。
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