愛別離苦に禰古末

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愛別離苦に禰古末

 愛別離苦(あいべつりく)とは,仏教用語で身内や愛する者を失う苦しみ,故郷を失う悲しみ,失うことで受けるさまざまな耐えがたい苦しみや悲しみを表す言葉である。  禰古末(ねこま)とは,伝記や古い文献などにたびたび登場する寝子(猫)の別称である。その漢字についてはさまざまな当て字があり,時代や物語,その背景によって「寝高麗」や「鼠子待」などがそれぞれ異なる意味をもって使われていた。  人類が文字を身につける遥か昔から猫らしき生物が壁画や絵として記録に登場して以来,人々は猫に癒しを求め,犬や他のペットとはまた違う距離を保ちつつ,猫もまた人に寄り添って共存してきたことがうかがい知れる。  猫にとっては,たとえ相手が忌まわしき存在であろうとも,いつの時代も猫にとっては餌を与えてくれるものであれば相手が誰かなどは微塵も関係なかった。実際に歴史のなかには,猫を愛し猫に愛された連続殺人犯や独裁者も存在する。  そして猫は時に神として崇められ,時に妖として恐れられた。神や妖として記録に残る,闇夜に巣喰う人智の及ばない異界を行き来する猫が喰らうのは,人の血肉か魂か,それとも誰かの愛別離苦なのか。  人の狂気を喰らう猫,誰かの悲哀を好む猫,そんな猫は人を癒してくれる愛らしい存在か,それとも恐れるべき存在か。  そんな闇夜を支配する猫は,人には見えないなにかを常に凝視し,鋭く研がれた小さな爪でそっとなにかを捕らえて喰う。小さな身体を丸くして,そっと耳をそばだてて,小さな口を微かに動かし人の(こころ)を咀嚼する。
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