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「……教師だ」
「そうそう、中学校で理科教師の職を見つけたんだったね……というわけで、デレクは船を乗り換えてサンディエゴから飛行機でマイアミに行く。僕たちとはここでお別れさ」
話がここまでなら何の問題もなかった。手伝ってくれた彼にお礼を言って気持ちよく別れた後、楽しみにしていた豪華料理を堪能できただろう。けれど次にレンの口から飛び出した衝撃の事実が何もかもをぶち壊しにした。
「僕たちもロスには行かないよ。今この船はサンフランシスコに向かってる。そこからサクラメントに行くことにしたんだ。僕の友達に神父がいるから、彼の教会で結婚式やり直そうと思ってさ。ちょっとしたプラン変更だよ」
「はあっ? そんなの聞いてないぞっ」
「いや実はね、ソウが辞表を出したって言ったから僕も安心してたんだけどさぁ、どうやら警視庁のお偉いさんは君の退職願を受理してくれなかったみたい。警視庁・サイバー犯罪課の三堂奏真巡査長は追跡捜査中、国際赤手配犯に誘拐された事になってるんだよね。ほら」
「なッ……!?」
ひょいとレンが掲げて見せたスマホの画面には、アメリカのニュース番組が映し出されている。金髪の女性キャスターの横に四角く切り出されたアジア人男性の写真は、警察手帳用に撮った制服姿の自分だ。上には『MISSING』の文字。そして隣に並べられているのは、サングラスの宣伝ポスターかと思うぐらい鮮やかに微笑むカメラ目線のレン。映画のタイトルみたいに『WANTED』の文字が国際赤手配犯の頭上で輝いている。
「ここここれ俺じゃないかぁぁぁぁああ!」
奏真は倒れそうになった。
「俺の写真がレンとセットで全米デビューッ!?」
「制服姿のソウも素敵だね。なんか制服ってイイなぁ。乱れたお巡りさんの姿ってすごく萌える。手錠を使ったプレイなんてそりゃもう……」
絶対にイヤらしい想像をしているだろうレンの胸ぐらをつかんで、奏真は思いっきり揺さぶった。これじゃ下船した途端に逮捕される。
「んなこと言ってる場合かッ。色ボケしてないで真面目に危機感持てッ。俺たちニュースに出てるんだぞ!? ここは海の上で他に逃げ場なんてないんだッ、港ではきっとアメリカの警察が張り込んでる! 俺たちはその包囲網に向かってるんだぞッ」
「だね~……でもまぁ、なんとかなるさ」
場違いな程にのんびりと続けて、レンが愉快そうに笑った。なんかもう、真剣に慌てている自分がアホらしくなってくる。そしてもう1人、場違いな程に冷静な人物が嬉しくない情報を付け足した。
「君らを待ち構えているのは市警察じゃない。警視庁の捜査班とFBIカリフォルニア支部の捜査官だ」
「警視庁の国際捜査課とFBIだってぇぇええッ!?」
残酷なまでの冷静さで語った氷の男をギョっと見返して、奏真は素っ頓狂な声で叫んだ。警視庁が誇る国際捜査課のメンバーは合格倍率400倍の難関を潜り抜けたエリート中のエリート部隊。彼らの手を逃れるだけでも至難の業なのに、そこへFBI捜査官まで加わるなんて。絶体絶命とはこういう状況をいうのだろう。この豪華な客船が大きな棺桶に思えてくる。
だが、手配犯本人はこんな状況すら楽しんでいるらしい。呑気に笑いながら、車を柱にぶつけちゃった~ぐらいの軽いノリで言う。
「ハハハっ、やっぱ現役のFBI捜査官を保険に利用したのはマズかったかな~。自分のIDを犯罪に悪用された"メイソン・ミラー"捜査官がご立腹みたいでねぇ、警視庁とCA捜査班の合同作戦に参加してるんだってさ。ちなみに警視庁の国際捜査課を率いて渡米した指揮官は新庄管理官だよ」
「うそっ、新庄先輩が!?」
「大事な君を取り戻しに来たんだろうね」
「"大事な君"なんて変な言い方するな。先輩は後輩想いで責任感の強い人なんだ」
なぜか、レンは深い溜息をついた。やれやれと言いたげに小さく首を振っている。
「ほんと、ソウは鈍感だよね」
「何が?」
「単なる後輩の為にわざわざアメリカまで来るわけないだろ」
「……?」
「だから、新庄管理官は後輩としてじゃなく、大事な人としてずっと君を見てたんだよ。じゃなきゃこんなに必死になったりしないから」
「………………ぇぇぇええええッ!?」
驚愕のあまり、奏真は目を剥いたまま硬直した。まさか、あの新庄が。中1からずっと世話になってきたあの新庄が? まさかまさか、自分をそんなふうに思っていたなんて。
「なんだか僕は新庄さんが気の毒になってきたよ」
「……ぇ……ぅそ……先輩が……新庄先輩……」
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