ー Sweet Honeymoon ? ー

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「でも、ソウは僕のものだから。誰にも渡すつもりはない」 「わっ!?」  突然後ろから襲われて、奏真は飛び上がった。自分のものだと主張するようにレンが抱き締めてきたのだ。いつもなら刑事時代に体得した逮捕術で逃れるところだが、不意を突かれてタイミングを逃してしまった。 「愛してるよ、ソウ」 「ひあッ!? やややめろッ、人前でキスするなって言っただろ!」  渾身の力で頭上を睨むも、何の効果もなかった。腕を振りほどこうと暴れてみたが、そんな抵抗すら美しいエロ指名手配犯を喜ばせる演出にしかならない。増々腕に力を込めると、あたかもそこに佇む友人に見せつけるようにレンがまたキスしてきた。 「人の前だからキスしたいんだよ。君が僕の愛する人だって、皆に知って欲しいんだ」 「俺は可能な限り内緒にして欲しい!」  体を揺すってもがきながら、奏真が大声で抗議したそのとき。 「――Excuse me, Mr.Sifford. It's time to go」  レストランの出入口から渋い声が響いた。さっきレンを呼びに来た船員が、氷の男に声をかけたのだ。それを待っていたかのように一息つくと、氷の男―――デレク・シフォードは船員に視線を滑らせた。レンに別れの挨拶を言うわけでもなく船員に歩み寄ると、何やら言葉を交わしてそのまま出入口に向かう。レンが呼び止めたのと、デレクが観音扉を通り抜けたのはほぼ同時だった。 「Just a second, Derek!」 「……」  レンの呼び声に、デレクが足を止めた。気怠げに振り返ると、トルコブルーの冷たい瞳を静かに向けてくる。奏真はレンの腕の中に収まったまま、黙って成り行きを見守った。彼が何者かは知らないが、少なくても指名手配犯のレンと気軽に会う事はできないだろう。状況が深刻なだけに、これが最後の逢瀬になる可能性だってある。  一体レンが何を言っているのか、英語で交わされる会話は当然わからなかった。けれど、一足先に船を発つ友へ向けたレンの声は力強く、そして自信に溢れていた。 『きっと見つかるよ、君の運命の人! 僕がソウと出会ったように、運命の人もどこかで君と巡り会うのを待ってるはずだ! 君はひとりじゃない! 絶対にいる! 君の"太陽"が!!』  その時見せたデレクの表情を、どんな言葉で表現したらいいだろう。体温さえ感じないほど感情に乏しかった顔に薄っすらと滲んだのは、触れたら壊れそうな程もろい微笑だった。神聖な気配が漂う清澄で儚げな笑み。デレクを取り囲む空気だけが透明度を増して、早朝の森の中みたいに清らかに澄んでゆく。  氷の精霊も見惚れるだろう麗美なその笑顔に向けて、レンは声を張り上げた。見る者全ての心を惑わす飛びっきりの笑顔を添えて。 『愛してるよ"ルディ"! ソウの次にだけど! また会おうね!』 『……Lang lebe Eure Liebe』    デレクが最後に返した言葉は英語じゃないようだった。ふと、トルコブルーの瞳と視線が合わさって、奏真は声をかけようとしたがデレクは既に背を向けている。船員の後について行く足音が、ゆっくりと遠ざかっていった。 「……なぁレン、デレクさん、何て言ったんだ?」  レンは微笑んだまま出入口を見つめていた。友の新たな旅の門出を祝うかのように、優しい眼差しを向けている。
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