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「末長くお幸せに、だってさ」
奏真は重いため息をついた。
「そっか……でも末長くはきびそうだな」
「どうして? 僕はずっとソウだけ愛してるよ? 絶対に浮気なんかしないから」
「冷静に考えてみろよ。俺達は今、FBIと警察の包囲網に向かってんだぞ。逃げ場はないんだ、末長くどころか明後日には人生終わるかもしれない」
最大の危機が迫っているのに、レンは全く気にしてなかった。それどころか笑みさえ浮かべている様子は、むしろ楽しげですらある。
「大丈夫、ちゃんと手は打ってあるよ。この船は今、乗務員だけで試験航海中ってことになってるのさ。僕の友達に天才ハッカーがいるんだけど、彼が上手いことやってくれて、僕らはデータ上、別会社のブルー・カリビアン号に乗船してるわけ。FBIは乗船客情報から僕らの船を特定して港に包囲網をかけたんだろうけど、捜査機関が乗り出してくることぐらい想定内だもん。このぐらいの保険はかけて当然。まぁ、身に覚えのない罪で、着岸と同時に船内を武装警官達に荒らされる上に、FBIの取り調べを受けるあちらさんは気の毒だけどね」
奏真は心底呆れ返った。
「お前ってほんと悪知恵だけは働くな」
「ありがとう。これでも一応裏社会ではモっテモテの犯罪コーディネーターだからね。ちょっとの悪知恵しか働かないようじゃ、国際赤手配犯にはなれないのさ」
「なるなバカ! てか放せッ、俺はこれから豪華なフルコースを――」
奏真がジタバタともがいた時だった。
「――Thank you for waiting, sir」
可愛らしい女性の声が背後から募った。見れば、さっきランチの注文を受けた褐色の女性船員が、大きなお盆を持って微笑んでいる。本来なら待ちに待った至福の時間になったろう。お盆で運ばれてきた注文の品が、普通の料理だったなら。
「……ソウ、君ってずいぶん変わった食べ方するんだね」
頭上でボソッとレンが呟いた。その声すら今は遠く聞こえる。呆然と注文品を見やったまま、奏真は頬を引きつらせた。
「……なんだ、これ……」
大きな皿に注がれた熱々のスープ。その中で、レタスやキューリ等の生野菜が踊っている。野菜の上に盛られているのはマッシュポテトだろうか。そこから限りなく山盛りに、ビーフステーキ、グリルターキー、フライドチキンが重なり合っている。極めつけはガトーショコラ。生クリームがたっぷり掛かったチキンの頂きに、堂々と黒いチョコケーキが鎮座している。
一体何が起きたんだろう。ただ食べたい物を順番に伝えただけなのに。どうやら本気で英語を勉強しなくちゃいけないみたいだ。得体の知れない謎の料理を眺めていると、ケラケラ笑ったレンが船員からお盆を引き取った。優雅な物腰でテーブルに置きながら船員に告げる。
「Thank you. That will do」
レンの言葉に応じるように、褐色の女性船員は丁寧に会釈した。静かにレストランから出て行く女性店員の姿が消えた途端、再びレンに体を引っ張られた。もちろん抵抗する暇なんてあるわけがない。奏真が短い悲鳴を上げた時には既に、元特殊部隊員だった手配犯にソファへ押し倒されている。
「おわっ!? ちょッ……レン! 何するんだっ」
「何ってソウ……それ聞くぅ?」
「もうッ、いい加減にしろって! なぁ、俺腹減ってるんだよ。めし食わせてくれよ。レンだって腹すいてるだろ?」
「まぁね。だから先に君を食べることにする」
「ひぃっ……よせッ、やめろッ、ここはレストランだぞ!」
覆い被さったレンの体を押し退けようと奏真は全力で腕を突っ張たが、圧倒的な体格差の前では空しい抵抗に過ぎなかった。暴れる様子を上から悠然と見下ろして、レンがチョコレートブラウンの瞳をうっとりと細める。
「ホント、君のそういう表情たまんないなぁ。ついイタズラしたくなっちゃうんだよね」
「こ、こんな所で手ぇ出してみろ! 強制わいせつの容疑でFBIに突き出してやる!」
「牢獄プレイも悪くないね。鉄格子に両手を手錠で繋がれた君……ハハっ、楽しそ~!」
「ふざけるな! 全然楽しくないわ!」
組み敷くレンを睨んで、奏真は語気強く抗議した。けれど呑気なパートナーは聞いちゃいない。海神ですら虜にするだろう美しい顔を近づけると、なんとも楽しそうに思いを語る。
「ねぇソウ、お巡りさんの制服着てよ。一回やってみたかったんだよね、噂の"コスプレえっち"ってやつ。ナースやポリスや花魁に仮装して大胆に遊ぶのが、日本の伝統的な性文化なんだろ?」
「んなわけあるかっ」
「じゃあ、裸エプロンは?」
「だから違うんだって!」
外国ではかなり誤った日本情報が浸透しているらしい。果てしない疲労感を覚えつつ、奏真が正しい日本文化について語ろうとした直後。
「……あっ、ヘリが……!」
広いレンの肩越しに、大空を羽ばたく一台の白いヘリが見えた。ガラス張りの壁の奥、どこまでも広がる大海原の上を地平線に向かって飛んでいく。
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