ー Sweet Honeymoon ? ー

12/12
前へ
/12ページ
次へ
「ん? あぁ、デレクが出発したんだね」  振り返ったレンが呟いた。遠く、船を離れていく白い機体を穏やかに見つめている。少しの間、レンは微笑みながら友を静かに見送っていた。聖母のような憂いを帯びた微笑。2人にどんな過去があるかは知らないが、レンにとって彼が大切な人だというのは見てればわかる。自分以外の人間があの魅惑的な瞳に映っているかと思うと、胸の奥がモヤモヤしてきた。 不覚にも気づいてしまった嫉妬心。レンに勘づかれでもしたら大変だ。必死に平静を装って、奏真は離れるヘリを見送っていたが、鋭い指名手配犯に下手な誤魔化しは通用しなかったらしい。レンの慈母めいた微笑が、意地悪そうな笑顔に塗り替わっていた。 「嬉しいなぁ、クールなソウがヤキモチやいてくれるなんて」 「な、なに言ってるんだ。自惚れるな」 「大丈夫だよ、ソウ。僕が愛してるのは君だけだから。今も、これから先もずっとね……それじゃ、僕たちも行こうか」 「え? 行くってどこに……レン、お前まさかっ……!」  気づいた時には全てが遅かった。いつの間にかシャツのボタンを全部外して逞しい胸をさらしたレンが、ニヤリと怪しく微笑んでいる。魅惑的な笑顔を ゆっくり近づけると、鼻の先でレンが艶っぽく囁いた。 「僕とソウ、2人で一緒にいくんだよ。最高に気持ちいい天国へ」 「やっぱここでヤル気かよぉっ!?」  ガラスから射し込む眩い日光の中、レンが艶然と嗤った。太陽の陽射しが煌めく大海原は、どこまでも青く、果てしなく、地平線の向こうまで続いている。 「ソウ……愛してる」  重なり合ったレンの柔らかい唇から、じんわりと熱が伝わってきた。正直、このキスには弱いのだ。甘美な痺れが脊髄を抜け、理性も冷静さも自尊心さえ、何もかもが吹っ飛んでしまう。本当に、惚れた弱みってやつは(たち)が悪い。 「……いいだろう……とことんお前に付き合ってやるよ」  鼻先から見つめるチョコレートブラウンの瞳を真摯に見返して、奏真は力強く微笑んでみせた。その時生まれた一瞬の隙をついて、レンの大きな体を転覆させる。日本武道の真骨頂。柔道の寝技は警察学校の必修プログラムだ。さすがの国際赤手配犯(レッド・ノーティス)もこの不意打ちは予想外だったらしい。完全に体位を逆転されてソファに押し倒されたレンが、驚いたように目を見開いている。  筋肉質の腹部にまたがったまま、奏真は美しいパートナーを見下ろした。はだけたシャツの隙間から、肉厚の白い胸が覗いている。これが欲情というものなのか、眺めているだけで体がムズムズしてきた。 「いいか、レン。お前の日本文化に対する認識は完全に間違ってる。これから俺が正しい伝統を教えてやるよ」 「へぇ……どんな?」  誘うように微笑みかけてくるレンの上で、奏真は豪快にシャツを脱いだ。ヒューっと口笛を鳴らしたレンの唇に顔を近づけて、鼻先からそっと囁きかける。 「江戸時代から伝わる日本人の夜の営み方だ。全部で48種類の体位(ねわざ)がある」  「ホント!?」 「ああ。松葉崩し、窓の月、乱れ牡丹。だけど……」  高い鼻先に軽いキスを落とすと、奏真は愛しい顔を静かに見つめた。視線の先で、チョコレートブラウンの瞳が幸せそうに揺れている。レンの瞳に映るのは、世界でたった1人―――自分だけ。 「まずは、普通のキスから始めよう」    互いの唇が重なった瞬間、ガラスの奥から船の汽笛が響いてきた。まるで2人の新たな門出を祝福するかのように、大空に響き渡る汽笛の音色。  風を切り、波を超え、純白の豪華客船は優雅に大海原を進んでゆく。  遥か遠い地平線のかなた  アメリカ大陸を目指して。           The End    To be continued on "Blue Notice"→ 
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

121人が本棚に入れています
本棚に追加