ー Sweet Honeymoon ? ー

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「俺は不満だらけだ! こんな豪華客船で旅する事なんてもう二度とないんだから、思いっきり贅沢してやる! まずはレストランでヒレステーキとローストビーフを食って、アロマなんとかっつーセレブ御用達のマッサージ受ける!」 「マッサージなら僕がしてあげるのに」 「それ絶対エロいやつだろ」  綺麗なニヤケ顔を見上げて、奏真はやれやれと溜め息をついた。 「少しはのんびりさせてくれよ。これから一生逃亡生活しなきゃならないんだから、今のうちに自由を楽しんでおかないと……」 「守るよ」  相変わらず美貌に浮かぶ笑みは柔らかいが、髪の毛と同じチョコレートブラウンの瞳には、硬質な光が宿っていた。警視庁の屈強なテロ対策チームに挑んだ時と同じ、絶対の自信を誇る強者の眼。揺るぎない決意を切れ長の瞳に宿して、レンは挑戦的に微笑みながら断言した。 「ソウは僕が守る。君の安全と幸せを脅かす全てのものから、命をかけて君を守ってみせる。世界に追われる僕と結婚してくれた君の覚悟と想いを胸に刻んで、僕はこの先の人生を君と共に生きていく……必ず君を幸せにするよ」 「!!」 これ以上の誓いの言葉がこの世に存在するだろうか。不覚にもトキめいてしまった。声すら取り上げる程の圧倒的な美しさと力強さに、奏真は何も言えず黙ってその宣言を受け取った。ふざけているかと思えば不意に本気で挑んでくるレンには、出会った時からずっと振り回されっぱなしだ。 「ソウ……」  立ち止まったレンにいきなり体を引き寄せられた。奏真が気づいた時にはもう、体はレンの胸にすっぽりと収まっている。一応抵抗してみるが、鍛え上げられたレンの腕はビクともしない。 「おいレンっ……!」 「愛してる」  頭上でレンが囁いた。見上げた先では、真摯に向けられるチョコレートブラウンの瞳が笑顔の中で幸せそうに揺れている。 「ありがとう、ソウ……僕と一緒に来てくれて。僕を選んでくれて、ありがとう」  甘やかな台詞を言い紡いだレンの唇が、ゆっくりと降りてきた時だった。 「――Excuse me, Mr. Fowっ……Mr. Yashiro」  渋い声がキスを遮った。ハッと我に返るなり、奏真は後ろを振り返ってギョッとした。おなじみの白い制服からして、たぶん航海士だろう。短い金髪の中年男性が、軍人みたいに律動的な足取りでこっちに向かってくる。これもお国柄なのか、男同士がイチャついている事にまるで頓着せず、低い声音で何やら告げた。 「The captain is calling you. Would you come with me, sir?」  レンが溜め息をついた。英語はよくわからないが、どうやら来て欲しいと言われたようだ。名残おしそうに身を離すと、傍の航海士に一言返してから言う。 「All right, I’ll be there soon……ソウごめん、ちょっと操舵室に行ってくるから、先にレストランでご飯食べて」 「あぁ、うん……なぁレン、何かあったのか?」 「大丈夫。心配しなくていいよ。じゃ、後でね」  別れ際、頬にキスを一つ残して、レンは航海士と一緒に立ち入り禁止のドアの奥に消えていった。この逃亡劇がハッピーエンドで締め括られるなんて、最初から奏真も思ってない。ここまで無事に来られたのは運が良かっただけのこと。レンはICPOが指名手配をかける国際赤手配犯(レッド・ノーティス)だ。そして今や自分も追われる身。この先、手強い捜査機関を相手に逃げ通せる保証はどこにもない。  自分が逃亡の足手まといである事ぐらい、奏真もよくわかっていた。これでも少し前は警視庁の刑事。犯罪者を追いかける立場だったからこそ、複数での逃亡がいかに多くの足跡を残してしまうものか知っている。男二人、ましてや日本人との2人組ともなればかなり目立つ。言葉もわからず土地勘もない人間を連れて外国を逃げ回るのは、カジノのルーレットで1点賭けをするよりリスキーなのだ。
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