ー Sweet Honeymoon ? ー

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 それでもレンと離れるぐらいなら、いっそレッド・ノーティスの相棒として死ぬ方がマシだと本気で思っているのだから、そんな自分に心底呆れてしまう。 「結局、アイツに惚れた俺の負けってことか……」 長い廊下を歩きながら、奏真は小さく自嘲した。人生は楽しんだもん勝ち―――この旅の間、レンから教わった生き方だ。以前の自分なら、身勝手な犯罪者の戯言だと非難しただろう。でも今は、その言葉の重みがよくわかる。常に死と隣り合わせの激戦を切り抜け、日々命を張って生きているからこその信条だと。  ならば、自分もそれにならおうと奏真は思った。レンと歩むスリリングな人生を、これでもかってぐらい楽しみながら生きてやる。そう決めた。まずはその手始めとして、豪華なランチを楽しむことにする。 「ムーンライト・レストラン……おっ、ここだ」  グランドロビーを通過して、ほぼ船の中央にあるレストランに着くと、奏真は優雅なクラシックが流れる空間に足を踏み入れた。学校の体育館ぐらいはあるだろうか、広々としたメインレストランはグランドロビー同様、いやそれ以上に華麗な装いだった。  壁は一面ガラス張り。海に面した高級ソファの団体席が、ガラスの壁際にズラリと並んでいる。ガラスの壁を区切る柱には、高そうな絵画や芸術品が飾られ、白と金で構成された内装は宮殿を思わせる豪華さだ。この13日間、性欲盛んなパートナーの所為で部屋から出られず、食事はルームサービスと監禁犯の手料理がほとんど。奴の料理の腕前はシェフ並みで、どれも凄くうまかったが、キッチンで洗い物をするたびに服を脱いでとせがんでくるのがウザかった。  着物と浴衣と裸エプロンが日本の伝統衣装だと思い込んでいるレンの誤解は後から正す事にして、 とりあえず、奏真は広いレストランの真ん中に足を向けた。巨大な柱状の棚には高価なグラスや高級酒が並び、カウンターと柱状の棚の間では、まだ若い褐色の肌をした可愛い女性船員が、退屈そうにグラスを拭いている。 「えっと……ハ、ハロ~……メイアイ、オーダー?」 「!」 奏真が声をかけるなり、若い女性船員がハッと顔を上げた。変な発音だったが通じたらしい。グラスを置いた船員が、慌てて笑顔を向けてきた。 「Good afternoon, Mr.Mido. What would you like to have?」 「え? 何を食べるって聞いてるのかな……?」 笑って誤魔化しながら、奏真はメニューを手に取った。大学でも英語はそれなりに学んだが、本場の言葉はCDと違って聞き取れない。自分の先行きに不安を感じながらも、奏真はありったけの英単語と身振り手振りで何とか注文を伝えた。  豪華客船のレストランだけあり、前菜からスイーツまで、相当な品数が記載されている。その中から選んだのはデザートを含めて9品。魚貝スープとオマールエビのサラダ、ビーフステーキのマッシュポテト添え、ローストビーフ、グリルターキー、フライドチキン、クロワッサンとコーヒー、そしてシメのガトーショコラという夢のフルコースだ。順番に運ばず全部一気に持って来て欲しいと伝えたら、船員がひどく驚いた顔した。すぐに戻した彼女の笑顔が引きつってるように見えたのはたぶん気のせいだろう。  注文を厨房に伝えに行った船員を見送ると、奏真は改めて室内を見渡した。ガラス張りの壁からは、美しい大海原が一望できる。なんて贅沢な時間だろう。1ヶ月前は、まさか刑事たる自分が国際指名手配犯と豪華客船で逃避行しているなんて想像すらしていなかった。 冷静に考えれば、決して未来は明るくない。いや、絶望的ですらある。なのに、自信に満ち溢れたレンと一緒にいると、全てがうまくいくような気にさせられるから不思議だ。あのポジティブさと絶対的な自信はどこからくるんだろうか。ピンチさえもチャンスに変えて、危険な日々を楽しんでいるレンの能天気さを少し羨ましく思いながら、奏真が視線を巡らせたその時だ。 食事の席を選んでいたところでふと、視界に人影が映った。 「……あっ、確かあの人……」  フロアの中央に点々と並ぶソファ席。脚の短いテーブルを囲んで、湾曲した長いソファが二つ向かい合っている。ソファの端にボストンバックを置いて、長い足を組みながら静かに本を読んでいるのは逃亡用ヘリのパイロット―――13日ぶりに見たレンの友達だ。
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