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一切不赦
街のビルとビルの隙間、一日中陽の射さない暗がりに私は有った。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
屋上から繰り返しビルの壁にぶつかって地面へ落ちた私はバラバラどころかグシャグシャで、服や髪が混じっていなければ一目で人間だったとは到底思えないありさまだ。
「こんにちわ」
そんな私に声をかけてきたものがあった。声の方へ視線を向ける。
少年、いや少女だろうか。中性的な姿形のその子は、幼さを感じる人懐こい表情で私を見下ろしていた。
「死んじゃったんだね」
見知らぬその子の無遠慮な問い。
「うん。生きていることに耐えられなくて」
私は不思議と素直に答えていた。
「生きるのは辛かった?」
辛かったのだろうか。
「どうかな。そうかも知れないし、違ったかも知れない」
辛かったのかどうかはわからない。でも、耐えられなかった。
私は“許す”事が出来なかった。
最初はそうでもなかった。
そうでもないと思っていた。
悪いことをしたら謝りなさい。謝られたら許しなさい。親からも、先生からも、誰からもそう教わって育ってきた。だからそのようにしてきた。
でも私は時々許したはずのことを思い返して恨みや怒りを蒸し返すことに気付いてしまった。許すと口では言いながらも、私の心は許していなかったのだと思った。
気付いてしまってからの私は許すという言葉を使うことを忌避するようになった。いつか思い出したように恨み言を口にしかねない私が許すなどと言ってはいけないのだと、そう思った。
「もう済んだことだから」「いいっていいって」「そんな気にしなくても」
許さない、と面と向かって言うことも気が引けて、それらしい言い回しで許しを誤認するように仕向けた。それがお互いのためだと思っていたし、それは今でも思っている。
同じように私は私の過ちも許すことが出来なかった。他人を許せない私にどうして自分を許せよう。
許せないし、許してもらうことは出来なかった。誰も許せない私が他人に許されることなど、それこそ断じて許せなかった。
だから誰かに無礼を働くたびに、誰かに不義理を行うたびに、私は自分がそれ以上の悪事を振り撒かないように楔を打ってきた。
罪の意識を感じるたびに距離を置き、口を閉ざし、望んで孤立していった。私に二度と同じ過ちを犯させない。その決断だけが私の心に安らぎをもたらした。
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