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その日は朝から落ち着かなかった。
いや、本当はこの一週間ずっと気が気ではなかった。
それでも私はあの人といつも通りに接することが出来ていたように思う。
勇気を出してあの人に連絡先を聞いた日のことを思えば、随分と強くなったものだ。
掃除の時間が来なければ良いと、願わずにはいられなかったけれど。
時間は無情なほどに過ぎ去って、気づけば掃除も粗方終わりを迎えていた。
「行こうか」
あの人は簡単な言葉で私を誘うと、自然に大きい方のごみ袋を手にした。
そう、こういうさりげない優しさが……と思いながら、私は胸が詰まりそうだった。
手にじっとりと汗が滲んで、少し呼吸が苦しくなる。
そんな私を置き去りにするように、あの人は私の三歩先を歩いていく。
私はあの人の背中を追いかけながら、あぁ私の片想いはずっとこんな関係性だったなぁとぼんやり考えた。
ごみ捨ても終わり、教室へ戻る階段を上り始めた時、私は口を開いた。
言葉はシミュレーションの時よりも上手く出てこなかった。
「あの……」「気づいてるとは、思うんだけど……」
あの人の背中に話しかける。
振り向かないまま少しその場に立ち止まって、あの人は
「うん、そうだね」
とだけ答えた。
私は何も言葉に出来ず、あの人もまた何も言葉にはしなかった。
それでも終わったのだということだけは強く心に刺さった。
私は、今日、片想いを終わらせたのだ。
私の手で、終わらせたのだ。
不思議と涙は出てこなかった。
クスリと笑って
「そうだよね、私も」
とだけ答えた。
きっと明日も話しかければいつも通りに会話してくれるだろう。
メールを送れば、無駄のない返信が来るだろう。
二人の間に変わったことなどないのだ。
ただ、私が、今夜ほんのりと枕を濡らすだけで。
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