28人が本棚に入れています
本棚に追加
「僕は、人の愛を、信じれないんだ。父さんと母さんが、僕を愛してくれた記憶なんてないから。だけど、君は――君の演奏は違った。普段、君が感情を表すことなんてほぼないけど、君の演奏は色々な感情に溢れていて……。本心なんだなって思えた。なのに、」
そこで、隆人は言葉を詰まらせる。多分、私の気持ちを慮っているんだ、と綾は察した。彼はとても優しい人だから、綾を傷つける言葉を発するのを躊躇っている。
そのことが嬉しくて。愛おしくて。綾は隆人の背に腕を回し、先ほど彼がやってくれたように、優しく、ゆっくりと叩き始めた。
「私は、大丈夫です」
その言葉に、隆人は数瞬固まった後、喉を震わせた。
「一週間前の君の演奏は、いつもと違った。感情が見えなかった。――愛が、感じられなかった。だから、綾のことが信じられなくて、父さんたちの商談をまとめて婚約破棄をさせないことを言い訳に、逃げ出した。……信じられなくて、ごめん」
強く、胸に押し付けられる。彼の体は小さく震えていて。綾もぎゅ、と彼の体を抱きしめた。
「私も、ちゃんと伝えられなくて、ごめんなさい。好意を抱いてるって、知られるのが、恥ずかしくて……。私、隆人さまのこと、何も考えてませんでした。だから、私もごめんなさい」
「……そっか、恥ずかしかったんだ」
「はい。恥ずかしかったのです」
最初のコメントを投稿しよう!