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喜沙が用意してくれたスコーンを備え付けのホイップにつけて口に運んだ。ここのスコーンは喜沙の家の雇い人がいつも焼いてくれていて、これもまたすごく美味しい。口に運ぶ度に頬が緩んで、自然と笑顔がこぼれる。噛みしめれば噛みしめるほど、焼き菓子の香ばしい香りと、しっとりとした触感が口に広がっていく。
「みっちゃん、本当すごくおいしそうに食べるよね」
「だって、喜沙の家の食べ物は何だっておいしいんだもの」
私が紅茶やスコーンをよく好むようになったのは、この家のおかげでもある。しかし、これだけおいしいものを毎日飲み食いしていれば、誰だってそうなってしまうのは当たり前なのかもしれない。
その時、私のものではない単調なコール音が、喜沙の学生鞄から鳴り響いた。それに反応して、あわてて喜沙がスマホを取り出す。誰からの着信なのか、その画面を見て一瞬喜沙が嬉しそうな顔を見せたことを私は見逃さなかった。
「もしもし、橘君?うん、そう、喜沙だよ。どうしたの?」
「………」
橘。それは今喜沙が交際をしている他校生の男子のことだ。どこで知り合ったのかは知らないが、その橘は喜沙に一目惚れだったらしい。二か月前、なんとかして私たちの通う高校を突き止め、下校時間に校門前で喜沙に告白をしたというのが始まりだ。現に私がその現場を喜沙の真隣から目撃している。そして考えたあげく、喜沙は数日後に彼に承諾の返事を言い渡した。そんな見ず知らずの男の何がいいのか、私にはまったく理解できないが。
どうして、どうして─────
「え、デート?ほんとに?うれしい」
喜沙があからさまに嬉しそうな表情を見せた。自然と握った拳に力が入る。
「次の日曜?うん、待ってね、今予定を確認するから」
そういうと、喜沙は鞄から手帳を取り出す。パラパラとページを捲っているところで、私は喜沙の手から無理矢理スマホを取り上げ、予告も無しに赤色の通話終了ボタンを押した。
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